上皇訴訟記1


*この話は当然ながらフィクションです。我が国の実際の法制度等を参考にしていますが、記載の正確性を担保するものではありませんし、登場する人物は実在の人物とは一切関係ありません。

 

皇紀2680年5月3日[1]作中世界では元号制よりも便利との判断から皇紀制が採用されている。、憲法記念日。この日、Wetube[2]作中世界の動画投稿サイト。に投稿された動画に日本国民は大いに驚かされた。前年に天皇を退位し、戦後初めて上皇となったお方(表敬のため御名を明らかにすることは慎む。)が投稿者だったからだ。

そして、動画の内容はもっと日本国民を驚かせた。動画のタイトルには「提訴布告」とあった。

上皇陛下はWetubeの動画を通して、天皇在位中と同じ、ゆっくりとした品位のある声色で、柔和な笑みを浮かべながら、次のようなおことばを発した。

「朕は、本日、民事訴訟法第133条第1項の定めるところにより、国を被告とする民事訴訟を提起せんとす。訴状につきてはブログに掲載す。ブログのURLは本動画の概要欄を参照すべし。国においては訴状送達後、速やかに請求を認諾する旨の答弁書を提出すべし。」

セリフはこれだけである。しかし、あっという間に動画再生回数は1000万回を超え、Twitting[3]作中世界のつぶやき投稿サイトでは「#玉音放送」がトレンド入りした。

多くの国民は、上皇陛下のブログの閲覧を試みた。しかし、当然といえば当然のことだが、ブログはサーバーダウンしてしまい、復旧に多少の時間がかかる見通しだった。そのため、国民が訴状の内容を知ったのは、翌日のWebニュースや新聞だった。

 

ブログに掲載されていた訴状には次のように記載されていた。

ーーーーーーーーーーーーーーー

訴状

天佑を保有し、万世一系の皇祚を践みし、日本国上皇は昭に公正高徳なる大分地方裁判所に示す。[4]大意:天の助けていただきながら万世一系の皇位を継承してきた日本国の上皇は、公正にして徳の高い大分地方裁判所に宛てて示す。

朕茲に国に対して訴を宣す[5]大意:私は国を訴えることを宣言する。

皇紀2680年5月3日[6] … Continue reading

上皇 御名御璽[7] … Continue reading

〒〇〇〇ー〇〇〇〇 東京都〇区〇〇 〇ー〇〇ー〇〇 仙洞御所[8]現実の仙洞御所ではない。上皇の住まいを一般的に仙洞御所と呼称する。

原告 上皇御名[9]この記載は当事者の記載だから押印はいらない。

〒〇〇〇ー〇〇〇〇 大分市〇〇 〇ー〇〇ー〇〇(送達場所)

原告訴訟代理人院使弁護士[10] … Continue reading 九重高玄

電話 〇〇〇ー〇〇〇〇

FAX 〇〇〇ー〇〇〇〇

〒100-8777 東京都千代田区霞が関1丁目1番1号

           被告 国

           代表者法務大臣 加美川恭子

事件の表示 国家賠償請求事件

訴訟物の価額 3億円

貼用印紙額 92万円

予納郵券 6000円

第1 請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金3億円及びこれに対する皇紀2675年11月5日より支払済まで年5分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第1項につき仮執行宣言を求める。

第2 請求の原因

1 原告(以下「朕」という。)は、皇紀2649年1月7日に天皇に即位した。

2 皇紀2675年10月21日、衆議院議員125名及び参議院議員84名は、日本国憲法(以下「憲法」という。)第53条後段[11] … Continue readingに基づき、各議院連名で、内閣総理大臣に対し、臨時会の召集を請求した。

3 皇紀2675年11月4日は経過した[12]臨時会は請求から20日以内には召集しなければならないという見解を採用している。

4 朕は、天皇在位中、日本国憲法を尊重し擁護する義務を負っていた(憲法第99条[13]日本国憲法第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。)。

また、朕は、天皇在位中、内閣の助言と承認により、国会を召集する国事行為を行う義務(以下「召集大権行使義務」という。)を負っていた(憲法第7条第2号[14]日本国憲法第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。 二 国会を召集すること。)。

内閣は、憲法53条後段の規定に基づき、臨時会の召集を請求された場合、臨時会を召集大権を行使するよう朕に助言する義務(以下「召集上奏義務」という。)を負っていた。なお、召集上奏義務は遅くとも臨時会召集請求から20日以内に履行すべきものである。

皇紀2675年10月21日に、適法に臨時会の召集が請求されたにもかかわらず、内閣は皇紀2675年11月4日を経過しても召集上奏義務を履行せず、もって朕をして召集大権行使義務に違反せしめた。

朕は内閣の助言なしには国事行為を行えないにもかかわらず、内閣が召集上奏義務に違反した結果、朕は召集大権行使義務に違反することを余儀なくされた。およそ、他人に対して違法な行為を余儀なくさせるような不作為は国家賠償法上の違法行為にあたる[15] … Continue reading

5 朕は、天皇在位中、日本国民の総意に基づき、日本国及び日本国民統合の象徴として憲法に従い天皇の大権を行使することに誇りを抱いていた。また、憲法尊重擁護義務を果たすことによって皇位の基盤となる日本国民の総意を確保していた。

前記の内閣による召集大権行使義務違反により朕は人生を賭して果たしてきた象徴天皇としての誇りを踏みにじられ、多大なる精神的苦痛を被った。この苦痛を慰撫するのに3億円を下ることはない[16]3億円に理由はない。前例がないのだ。

6 よって、朕は、被告に対し、国家賠償法第1条第1項に基づく損害賠償請求として、3億円及びこれに対する皇紀2675年11月5日[17]不法行為の日を不作為が違法になった日として、遅延損害金の起算日としている。から旧民法所定の年5分の割合による金員を支払うよう求める。

附属書類

1 訴状副本 1通

2 甲第1号証(写し)[18]「宣旨」と題する書面。いわゆる陳述書のこと。訴状記載の事実のほとんどは公知の事実だし、被告も争わないだろう。 2通

3 訴訟委任状 1通

 以上

ーーーーーーーーーーーー

以上の訴状を読んだ多くの国民は法的な文章の詳しい意味はわからないものの、これはとんでも無いことが始まったことは理解できた。「上皇陛下が国を提訴」の見出しが新聞の一面を飾った。

しかし、もっとも畏れおののいていたのは訴状の宛名になった大分地方裁判所である。連休明けの木曜日、大分地方裁判所所長は正午に民事第一部と同第二部の部総括判事(通称「部長」)、首席書記官等、主要なメンバーを呼び出し緊急の会議を行った。

上皇訴訟記2へ続く)


References

References
1 作中世界では元号制よりも便利との判断から皇紀制が採用されている。
2 作中世界の動画投稿サイト。
3 作中世界のつぶやき投稿サイト
4 大意:天の助けていただきながら万世一系の皇位を継承してきた日本国の上皇は、公正にして徳の高い大分地方裁判所に宛てて示す。
5 大意:私は国を訴えることを宣言する。
6 民事訴訟規則2条1項4号には裁判所に提出する書面は年月日を記載しなければならない。ただし、作成年月日なのか提出年月日なのかは規定がない。どうせ日付の入った受付印を押すのだから、作成年月日でも構わないだろうと思う。
7 作成者は記名押印しなければならない。通常御名御璽は天皇名と天皇御璽を指すが、これは上皇名と上皇御璽。提出する訴状の正本副本には実際に上皇名が書かれ上皇御璽が押されている。
8 現実の仙洞御所ではない。上皇の住まいを一般的に仙洞御所と呼称する。
9 この記載は当事者の記載だから押印はいらない。
10 代理人氏名は民事訴訟規則2条1項1号で示さなければならないが、別に肩書は法定されていない。慣例上原告側の弁護士は「原告訴訟代理人弁護士」と記載するが、上皇の代理人(使い)であることを示すために「院使」という言葉が敢えて使われている。法律上は「使者」と「代理人」は異なる概念で「院使」と書くと「使者」のようだが、歴史上、代理人のような振舞いもしていただろう。勅使の例でいえば、和気清麻呂は勅使として宇佐神宮での儀式で、ある程度の裁量を行使している様子が伺えるし、名古屋には勅使が工事に関わった勅使池というのがあるそうだ。
11 日本国憲法第五十三条 内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。
12 臨時会は請求から20日以内には召集しなければならないという見解を採用している。
13 日本国憲法第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
14 日本国憲法第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。 二 国会を召集すること。
15 かなり事案は異なるが、市役所に虚偽記載の報告をするよう業務命令を発したことが、労働者に対する不法行為に該当するとした地裁判決がある。大阪地方裁判所平成18年9月15日。
16 3億円に理由はない。前例がないのだ。
17 不法行為の日を不作為が違法になった日として、遅延損害金の起算日としている。
18 「宣旨」と題する書面。いわゆる陳述書のこと。訴状記載の事実のほとんどは公知の事実だし、被告も争わないだろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です