ちょっと前に買っていた『未解決事件は終わらせないといけないから』をプレイした。
東京ゲームショウでも評判だったらしい。
とても面白かった。
ストーリーのあらすじは、ある少女の誘拐事件をめぐって、登場人物がみんなそれぞれの理由で嘘をついていることが判明していくという内容だ。
ノベルゲームに近いが、「記憶の欠片」と呼ばれる短文のストーリーを見つけ出し、並べ替えていくというスタイルが面白い。
あたかもバラバラになった短編集を、読者自身が編集していくような雰囲気である。
その過程で謎解き要素やミスリードを誘う仕掛けがこらされている。
話自体はそれほど長いものではないが、十分満足のいくメッセージ性もある。
なるべくネタバレにならない程度に考察していく。
物語の中でちょっと「浮いている」部分が多いのが特徴だが、元ネタを理解すると、なんとなく作者が込めた気持ちがより深く理解できるような気がするのである。
プレイした人なら「へぇ」と思う程度の記載になる。
プレイしていない人はプレイしてほしい。
ーーーここからネタバレ注意ーーー
犀華の名の由来
物語の重要な登場人物である少女の名前は「犀華」(せいか)
なんとも不思議な名前だが、犀華の「犀」は動物のサイのことである。
物語中、名前は(動物の)サイのような強さを込めたものだと明かされる。
また、「犀の角のようにただ独り」という引用が交じる。
これは明らかに仏教の御経「スッタニパータ」からの引用であろう。
スッタニパータには仏道を行ずる者に対するお釈迦様の呼びかけに「犀の角のように」と繰り返す詩がある。
特にここ。
妻子も、父母も、財宝も穀物も、親族やそのほかあらゆる欲望までも、すべて捨てて、犀の角のようにただ独り歩め。
中村元『『ブッダのことば ー スッタニパータ』より 太字は引用者。
そしてこのような生き方はまさに釈迦の生き方でもある。
つまり犀華という名前には「犀の角のようにただ独り」歩む者としての、仏道修行者あるいは仏そのもののイメージがこめられている。
そうすると犀華の「華」もレンゲのような仏教的なイメージがふさわしいのかもしれない。
そのようなイメージで犀華をみると次のような登場人物の雰囲気も同時に想起されるだろう。
1)「だた独り歩んだ」お釈迦様としての生き様。
2)慈悲をもって他人を救済しようとする仏道修行者としての姿。
ちなみに地蔵菩薩は釈迦が亡くなった後、次の仏が現れるまでの間、人々を救済する菩薩である。
そして弱者の最たるものである子どもの守護者というイメージがある。
誘拐という犯罪がさすもの
上記のようにこのゲームの背景事情に仏教があると仮定すると、誘拐という犯罪からも連想するものがあるだろう。
鬼子母神の説話である。
鬼子母神の説話は次のようなものである。
鬼子母神という神様がいた。自分の子どもにお乳を与えるために、他所の子どもを誘拐して、自分で食べて栄養をつけていた。それを知ったお釈迦様が鬼子母神の子どもを誘拐して隠してしまった。我が子を奪われて半狂乱になった鬼子母神は、お釈迦様がさらったとも知らずに助けを求める。お釈迦様は「お前は自分の子どもを奪われて悲しんでいるが、お前が今まで奪ってきた子の親も同じ気持ちだっただろう」と言う。この言葉を聞いて改心した鬼子母神は、子どもを返してもらい、以後仏教の守護者となる。
というものだ。
ポイントは、
1)お釈迦様に自分の子どもが奪われること
2)自分の子どもを救うために他人の子どもを奪うこと
3)鬼子母神(=誘拐犯)は絶望に落とされるが、救済されること
である。
母親について
一説によると、お釈迦様の母親は、沙羅(さら)の木に手を伸ばしたときに、産気づいたそうだ。
そして、お釈迦様を生んですぐに亡くなった。
そして、お釈迦様は、自分にとっての「おばさん」が母親代わりになって育てられた。
このゲームにも「母親代わり」が重要な役回りを担う。
ちなみに、お釈迦様の一家は王族一家だ。住んでいた場所は宮殿、王城、宮城だろう。
救済について
このゲームの特徴、そしてある登場人物の思考は、他の登場人物の記憶をぐるぐるとめぐって行くことである。
あたかも他人の人生を生きていくかのように。人から人へと人生を渡り歩くようである。
これは仏教における輪廻そのものだ。
そして仏教における救済は輪廻からの解脱だ。
このゲームの結末が人から人の人生をぐるぐると回ることを止めることだとすれば、まさに救済だろう。
そして「誰がその救済をもたらすのか」がまさに「仏が」という答えに結びついていくのである。
嘘と万引きについて
「犀の角」からの飛躍はこの程度にして、話を大きく変える。
このゲームで結構浮いている話が「万引き」の話である。
まあ、ある嘘をついた理由として万引きの話が挿入されたという事情はわかるのだが、若干唐突感はある。
ここからちょっと大きなネタバレになる。
万引きの被害店は「アポロン文房具」。
アポロンはギリシア神話のアポロンであることは間違いないだろう。
アポロンから物を盗むというとギリシア神話のトリックスターであるヘルメスだ。ヘルメスが生まれてすぐアポロンから50頭の牛を盗んだという神話がある。
ヘルメスはゼウスから「嘘と盗み」の技術を買われているのだ。
ヘルメスは空を翔けるサンダルを履いている。
ちなみに、ヘルメスはゼウスとマイヤという実父母の間の子だが、ゼウスの正妻であるヘラの乳ももらっている。
ヘラはヘルメスを我が子のように思ったとされる。
つまりここにも、実母と母親代わりというモチーフが見えるのである。
「土をいくら深く掘っても、無駄な骨折り」
とある人物のセリフ。
おそらくは韓国語の「サプッチル」が元。
シャベルで土を掘る動作を表す言葉だが、転じて無駄骨を意味するらしい。