集団の存続と活性化について2ーー町内会からお友達会へ


昨日の記事の続き。

昨日の記事では、

  1. 集団は集団の目的が達成されるまで存続しなければならないこと
  2. 存続するためには集団が活動的でなければならないこと
  3. 集団が活動的である(活性化している)ためには集団の構成員が多くなければならないこと
  4. 集団の構成員を多くするためには構成員の加入を増やし、離脱を減らさなければならないこと

を述べた。

そして、加入を増やし離脱を減らすためには、

4-1. 集団の目的が共感可能な目的であること

4-2. 集団内部に所属する動機を与える必要があること

を述べた。

以上から、町内会が衰退化している理由として、町内会の目的が不明確で共感できないこと、町内会の負担が大きく所属する動機が生じにくいことと推定した。

目的の不明確性について

目的の不明確さの程度は、まず目的が定まっているかどうかが重要になる。目的はいくつでもいい。そもそも何のために集まった集団かわからなければ目的は不明確である。これは目的を設定する場面の問題である。

次に仮に目的が定まっていたとしても、目的を達成するための活動量(必要な活動)とそうでない活動量(不要な活動)を比べたときに、不要な活動の割合が多ければ多いほど、目的は不明確になるように思われる。これは目的に向けた活動の場面の問題である。

たとえば「町を住みやすくする」という目的で結成された町内会があるとしよう。この町内会が、「お花見をする」とか「神社のお祭りにお金を協賛する」とか「将棋大会を開く」といった活動ばかりを行えば、町内会の目的が本当に住みやすい町作りなのかは怪しく見える。本当の目的は単なる親睦会なのではないか、神社の集金マシーンなのではないか、接待将棋の会なのではないかなどと疑うことが可能である。

もちろん、必要な活動か不要な活動かも0か1かの判別ではなく、必要性の程度によって変わってくるだろう。

こう考えると、目的の明確さは

目的の明確度 = 集団の活動1の量 × 活動1の必要度 + 集団の活動2の量 × 活動2の必要度 + ・・・

と表せるに違いない。目的の明確度が小さければ小さいほど、離脱が促進され、集団の活性度は下がるのである。

集団の負担について

集団の負担はほぼ個人の負担に還元されるはずである。例えば集団内の雑用を全てAIやロボットが肩代わりしてくれるとしても、そのAIやロボットの維持は個人の負担として計算できるからである。それすらも負担していないとすれば、それはもはや集団性を確保しているかどうか怪しい。何の必要があって集まっているのか謎だからである。

むしろ集団の活動は、素朴に考えて、集団に所属する個人の個々の活動で表現しなおせるはずなのである。

そして離脱するかどうかの分岐点が、どの程度の負担量なのかは集団に所属する個々の構成員によって変わってくるが、少なくとも1人あたりの負担が大きければ大きいほど、離脱が増加するとはいえるだろう。

そこで、単純にはこのように言い表せる。

構成員の平均負担割合 = 集団内部の全活動量 ÷ 構成員の数

構成員の平均負担割合が大きければ大きいほど、構成員の離脱は進む。

このような傾向があることは言えるだろうが、もっと構成員一人一人について見ていくと事情が変わってくるだろう。というのも、既に述べたとおり、ある構成員にとっては許容できる負担量でも、別の構成員にとっては集団から離脱するのに十分な負担量の場合があるからである。

そのため、集団内部の業務は必然的に許容できる負担量が多い人間に多く配分されるようになる。言い換えると、熱量が多い構成員ほど、集団内部の業務量が多くなる。ただ、業務量が多くなればなるほど、離脱する可能性も高まるのである。そこで、業務量が多くても熱量が維持できる工夫が必要になる。一つには、見返りである。町内会が用意できないのはこの見返りである。

 


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