坪谷善四郎『大日本帝国憲法注釈』1889年より「信教の自由」について


坪谷善四郎『大日本帝国憲法注釈』(1889年)より「信教の自由」の記述を書き起こす。該当頁は73頁から74頁である。

元データは国立国会図書館デジタルコレクションより閲覧したものである。

書き起こしにあたって、歴史的仮名遣いを現在のものに改めた。

 

第二十八条 日本臣民は安念秩序を妨げず及臣民たるの義務に背かざる限に於て信教の自由を有す

(注)信教の自由は人生の一大権利にして古来此の権利を妨げられたるが為に国家の革命騒乱を醸成せしこと欧羅巴各国の歴史上枚挙に遑あらず実に之が為め幾多の帝王を弑し之が為め幾百万の人民を屠りたるものにして之を除するも猶お筆痕の腥きを覚ゆるものあり幸に我国の人民は宗教信向の熱心稍他国人より薄すきの観あるも人々未来の安心を求むるの念は実に牢乎として抜くべからず彼の石山の僧徒が六字名号の旗の下に生死を避けずして織田信長の勇将猛卒も之に勝つこと能はず肥前島原の耶蘇教徒が宗教上の信向心は徳川氏の命令を奉じたる数多雄藩の大軍も容易に之を討滅すること能はざりしを以て見るべき也故に苟くも国家の秩序安寧を妨げざる限りは如何なる宗教を奉ずるも妨げなし去れば従来黙許せられたる耶蘇教の如きも之を奉ずるは自由なるべき也唯だ信教熱心の為に国家の秩序を乱り外国が侵略蚕食の具に供せられ宗教あるを知て国家あるを知らず為に安寧を害し臣民たるの義務をも忘るるが如きことあらば断じて許るすべからざるは勿論なり苟も以上の如き憂なき間は各人の好み選ぶがままにして神、仏、耶蘇、何れの宗教を奉ずるも可なりとて之を公許し断然信仰の自由を確定せられたり

 

(私訳 注部分に限る)

信教の自由は人生の一大権利であり、昔からこの権利を妨げられた為に国家の革命騒乱を醸成させたきたことは、ヨーロッパ各国の歴史上、枚挙にいとまがない。まったくこのために幾多の皇帝や王が殺され、このために数百万の人民が殺されたものであり、このことを除いてもなお文字から生臭ささえ感じるものである。幸いに我が国の国民は宗教や信仰の熱心さがやや外国人よりも薄いように見えるが、人々が来世の安心を求める気持ちはまったく揺るがないものとして軽んじてはならない。あの石山本願寺の僧兵や信徒が南無阿弥陀仏の旗の下に、生死を問わなかったが、織田信長の勇猛な兵卒も勝つことができなかったではないか。肥前島原でキリスト教徒がみせた宗教上の信仰心は、徳川の命令で動いた数多の名だたる藩の大軍も容易に掃討できなかったことからもわかるとおりである。それゆえに、万一にも国家の秩序、国家の安全を害さない限りは、どんな宗教を信じるのも妨げなければ、従来黙認されてきたキリスト教を信じることも自由であるべきである。ただ、信仰に熱心になってしまった結果、国家の秩序を乱し、外国の侵略の道具となって、宗教にのみを胸にいだき、国家があることを忘れてしまい、安全を害し、臣民としての義務をも忘れてしまうようなことがあれば、断じてゆるすことができないのは当然のことである。万一にもこのような問題が生じない間は、それぞれの臣民が好きに選ぶままに、神でも、仏でも、キリスト教でも、なんの宗教でも信じてもよいということで、之を公認し、はっきりと信仰の自由を確実なものとされたのである。


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