板倉梓先生は最近『瓜を破る』で人気の漫画家だ。
『ガールメイキル』は2014年から2015年にかけての執筆。
確か私も10年くらい前に読んだ記憶がある。
あらすじ
生まれ故郷の中華街に戻ってきた主人公の五本木アキは、もう一人の主人公である15歳の少女・芽衣と同棲することになる。
中華街で2つのマフィアが対立する過程で、実は芽衣は一方のマフィアに所属する殺し屋だった。
抗争が激化していく中、五本木アキは芽衣に「お前の味方だ」と宣言して、芽衣とともにいることを選び、危険を乗り越えていく。
こうして芽衣は五本木アキに惹かれていく一方で、残酷な事件の連続に五本木アキは精神的に打ちのめされていく。
物語の終盤、五本木アキは律という女性と肉体関係を持つ。
律は、芽衣に殺された司というマフィアの妻。
司が死んだ後、ソープに落とされて、五本木に連れ出され、かくまわれるが、自ら命を絶つ。
一連の出来事の影響で、五本木は芽衣の所属するマフィアに所属せざるをえなくなる。
この頃、芽衣は五本木への恋心をはっきりと自覚もしており、かつ、芽衣は五本木と律の情事を偶然にも目撃してしまっている。
その後、銃撃戦で芽衣が負傷したことをきっかけに、五本木は組織とかけあい、芽衣とともに抜け出す許可をもらう。
ただ、芽衣はこれまで犯してきた罪の重荷「呪い」に苦しんでいく。
芽衣は五本木に肉体関係を持つよう迫るが、五本木はこれを拒む。
五本木は、芽衣にかけられた「呪い」を解くためにどうしたらよいかを考えた結果、芽衣をベッドに誘い、その場で自分を殺させる。
その後、五本木の記憶を忘れた様子で、船に乗って去っていく芽衣の様子が描かれる。
感想――五本木が芽衣に殺された意味
なぜ五本木は芽衣に殺されることを選んだのか。
どうせ逃げても敵対するマフィアが追いかけてくるから、自暴自棄になったということはない。
マフィアとの敵対度合いでいうと、五本木より、むしろ芽衣のほうが大きい。
殺している数が半端じゃない。
芽衣の味方を自称する五本木であれば、芽衣とともに逃げて、できるかどうかはさておき、芽衣を守る方向で一緒に暮らしていくのが筋だろう。
五本木の選んだ選択は真逆と言ってもいい。
どちらかというと、自分だけ先にあの世に逃亡してしまっている。
「芽衣の呪いを解く」=「五本木を芽衣が殺す」という発想は、正直よくわからない。
呪いから解放されるために、芽衣が殺さなければならなかったのは、罪の重荷を背負ってきている芽衣自身だ。
その罪の重荷こそが芽衣にとっての呪いなのだから。
罪の重荷を背負っているのは五本木自身もそうだ。
いきがかりとはいえ律を連れ出すときに人を死なせているし、五本木が選択を誤らなければそもそも律がソープ落ちしなかった可能性にも触れられている。
それに五本木が見守っていれば、律は自殺しなかったはずだ。
つまりは五本木も程度の差はあれ呪いにかかっている。
呪いから解放されるため、死ななければならない状況に追い込まれているのは五本木と芽衣の両者だ。
物語の主要人物であった馬目(まのめ)は、既にマフィアの世界から足をほぼ洗っていた。
それにもかかわらず、過去に殺した人物の子どもに殺され、その子どもは馬目の仲間に殺されている。
逃げたって同じことなのだ。
掟を破った者はいつかは残虐に殺される。
これは同じく重要人物の香月(かづき)という闇医者が予言めかして言っている。
「裏の世界のルールを破る者は消されるのよ。必ず。消されるなんてキレイすぎる言い方ね。殺されるの。残虐な方法でね!!」
(3巻、pp. 168-169。)
このことは表の世界の法でも同じことだ。
それを象徴するのは司と律の夫婦の描かれ方だ。
司と律という名前から、司法と法律を連想しないものはいないだろう。
二人が象徴しているのは、まさに「法」だ。
経緯はともかく、五本木と芽衣は、表の「法」を象徴する2人の死の一因になっている。2人には、裏社会にも表の社会にも安心できる居場所がない。
ここまで考えると、五本木が芽衣に殺されることと呪いを解くこととの関連性が見えてくる。
本作品の最も順当な結末は二人で一緒に死ぬしかない。
だってどちらも死ぬべきなのだから。
そして、五本木は芽衣の味方になることを約束しているし、芽衣は五本木と共にいたいと願っているから。
結果的にはそうはならなかった。
五本木の芽衣に対する気持ちは大人が子どもに対して向ける庇護であり、芽衣が五本木に向ける気持ちは子どもが大人に向ける恋愛感情だったから。
五本木は守るために。そして、芽衣は捨て去るために。
芽衣は五本木を殺さなければならなくなった。
それとともに、五本木と共に生きたいと願った芽衣が死んだ。
芽衣は記憶を忘れて新天地へと旅立っていくような情景が描かれている。
しかし、旅立った芽衣は、もはや五本木とともに過ごした芽衣ではない。
このことを記憶喪失という要素で表現している。
五本木とともに過ごした芽衣は、五本木とともに、生まれ変わろうとする芽衣によって殺され、死んだのである。
このことは、生き残った芽衣の夢にも表れている。
大人になっている芽衣が五本木と過ごす夢だ。
夢の中の芽衣と夢から覚めた芽衣はもう別の人格だ。
このように、この物語の結末は、罪を負ってどうにも逃げられなくなった2人の象徴的な心中が描かれている。
本作の題名『ガールメイキル』の『メイ』は「芽衣」とかけているのだろう。
「芽衣」が助動詞の”may”にかかっているという方がより適切かもしれない。
本作の英題は”GIRL MAY KILL”だ。
もし”MAY”が「芽衣」の意味なら、”GIRL MAY KILLS”にならなければならないだろう。
だから、”MAY”は助動詞の”may”の意味に取る。
そうすると直訳は「少女は殺すかもしれない」。
”may”の語義からすると、「半分半分の確率で殺す」ということだ。
何を殺すのか。過去の自分を。
だが、アクロバットに解釈してもいいなら次のようにもいえる。
芽衣は自分の半分(=過去の自分)を殺し、もう半分(=生まれ変わった自分)を殺さなかったのだ。
ノワールなのか
作者の板倉先生は、4巻のあとがきで「ノワールが描きたい!というのが企画の発端でした。」と書いている。
ノワールは、暗黒小説、人間の暗い側面に焦点を当てた物語のジャンルだ。
その意味でいえば、この作品はノワール的ではない。
板倉先生自身もこのことはおそらく自覚的である。
物語の重要なセリフでそのことは提示している。
だって人間は誰でも悪いところを持ってるでしょ?
(1巻、p.36.)
このセリフは人間誰でも悪いところだけでもないよ、という前提がある。
そして、物語の合間合間に挟まる日常の芽衣と五本木の生活もまた、そういう明るい側面を描いている。
なにより、最後の芽衣は生まれ変わって旅立てている。
この物語からは次のように聞こえてくる。
「人間、誰しも変われるよ。生きていけるよ。過去の暗い自分を殺しさえすれば。」
これは単なるノワールではなく、希望の物語であるようにも思われる。
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