読書メモ『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』渡邊大門


新年あけましておめでとうございます。

新年早々ですが渡邊大門先生の『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』(Amazonの頁に飛びます。)を読みました。

1 著者について

渡邊先生は日本史の学者です。よくネットニュースに記事を投稿されているのを見ます。いわゆる「新説」に対し、史料に即していないと苦言を呈されることも多く、おそらくマスコミあたりからは煙たがられているだろうと思います。

ただ、私のような学説を史料に即して批判する能力が皆無な人間にとっては、渡邊先生のおかげで「ネットで知った歴史の真実」に騙されないでいられるのだと思う存在でもあります。

今回も、渡邊先生がTwitter上で宣伝をされていたので読んでみようかなと思い、新年最初の本に選びました。

某氏が書いた某国史(亡国?)を読むより有意義なお正月になっていると確信しています。

2 何が書いてあるか

私は、日本史において、奴隷という言葉でイメージするものがあまりありませんでした。

どちらかというと百姓、農民が奴隷に近いイメージがありました。数少ない例外が大日本帝国の頃の朝鮮人の強制連行の歴史だったわけですが、近現代の日本における過ちであり、日本の長い歴史の中で位置づけてきたわけではありません。

この本は、戦国時代における日本の歴史を、倭寇・人身売買・奴隷をキーワードに記述しています。

豊富なエピソードを交えながら記載されているので、とてもリズムよく読めました。

3 感想

今回の本でまず感じたところは、なるほど我が国には奴隷制度、すなわち人間を売買の対象としてきた厳然たる歴史があることの新鮮さです。

確かに、よく考えれば性的な労働に従事させられていた人々がいたことはわかっていたわけですし、自分の中で「奴隷」という言葉を日本史から無意識に遠ざけてしまっていたのでしょう。

戦国時代においては、各地の武将が他の武将の領民をさらって売り払う行為が、重要な経済行為であったそうです。土地を耕す農民が出兵してしまっても、労働力を確保するという意味で他国から人をさらう。あるいは買い付けるということが、生活の必要性の下で普通に行われていた時代があったわけです。

加えて、キリスト教の弾圧の歴史、特にバテレン追放令との関係で、人身売買が禁止されていたのは、人道的な側面はともかく、経済的な側面も重視されていたということは初めて知りました。

また、朝鮮出兵に関する日本と朝鮮の政治のあり方は、為政者はいとも簡単に人々の暮らしを破壊するということを改めて実感するものでした。もちろん日本が悪い(と私は思う)わけですが、朝鮮へと帰還した朝鮮人に対する処遇をみたとき、やはり政治のあり方を考えざるを得ません。

 

なお、渡邊先生はこの本で、事実を比較的淡々と書かれています。ときに読みやすさを重視されたのか、心情的な記載をされていますが、別段非難めいた記載はありません。

 

ただ私は、この本に、我が国の野蛮な側面を如実に記されていると感じざるを得ませんでした。

日本に連行された大半の朝鮮人は何ら記録を残していない。その不安(あるいは日本軍に対する怒りなど)な心情については、改めて申し述べるまでもないだろう。(150頁)

この一文は朝鮮出兵における強制連行に関する記述ですが、国内の奴隷、そして日本に限らず全世界の歴史の中で忘れてはならない記載だと思います。

 

4 まとめ

私達は記録に残らなかったものを、なかったものと考えてしまいがちです。そのため奴隷の歴史の持つ悲惨さを脇において、あるいは奴隷の歴史そのものが無かったかのようにして、歴史を好きなように観てしまいがちになるのです。

しかし、そのように観てしまうが故に、我々は自分自身が生きている人権保障、自由な社会のあり方が所与のものと誤解しがちに思われます。歴史を一皮剥けば人が人に対して物を扱うがごとく接していた時代が地続きであること。我々も一皮向ければ野蛮な人間であること。

 

このことを忘れた時、我々は他者を物として扱うだけではなく、他者から物として扱われることになるのでしょう。


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