プレジデントオンラインに「ラブホテルで『角部屋』を避けるべき意外な事情」との題名で記事が載った。
どうして角部屋を避けるべきなのかは元の記事を読んで頂くとして、もっと気になる記載があったので指摘しておきたい。
1 誤解を招く表現
記事には次のようにある。
ところで、もしラブホテルで盗聴されていることに気付いた場合、盗聴犯を訴えることはできるのか。藤井氏は首を横に振る。「盗聴が違法になるのは、不法侵入をしたときと盗聴した内容を誰かに話したときです。逆に言えば、ラブホテルの部屋を借りてそこに盗聴器をしかけ、内容を自分だけで楽しむのであれば罪にはなりません。もっとも、仕掛けたという証拠をつかむのが難しいので仮に違法性があっても訴えることは困難でしょう」だからこそ、盗聴される前の“予防”が肝心といえるだろう。(必要箇所を太字にした)
2 不法侵入にならないわけない
ラブホテルの部屋を借りてそこに盗聴器をしかける行為が不法侵入にならないわけがない、というのが私の見解である。藤井氏の書きぶりだと、「盗聴器をしかけるためにホテル内に入る行為が不法侵入にならない(こともある)ような感じ」だが、それは誤っていると思う。
不法侵入とは一般的には刑法130条に規定された住居等侵入罪のことを指す。
(1) 刑法の確認
条文を確認してみよう。
刑法130条
正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
侵入する場所が住居なら住居侵入、人が住む場所じゃない建物なら建造物侵入である。
ちなみに「帰れ」と言われて帰らない場合には「不退去罪」という罪になりうる。
いずれにせよ、確かにただ「入った」だけでは罪にはならない。
「正当な理由がない」という点がポイントである。
(2) 「正当な理由」のあるなしの考え方
例えば郵便配達員が庭に入ってきても「住人に郵便を届けるため」という正当な理由があるので罪にはならない。
他方、「庭の花を盗むため」という理由で庭に入ってきた奴は住居侵入及び窃盗(未遂)で罪に問われる。
2つの例の違いは住人の意思の違いによる。
郵便を届けに来たなら住人は入ってくるのを許すに違いない。だから合法。
他方、盗みに入るのは許すわけがない。だから違法。
法学では「住居等侵入罪における保護法益に関する学説の争い」として論点になるテーマだが、実務では「管理権者の意思に反する立入りが不法侵入になる」と理解されている。
(3) 実際の事件
非常に政治的な問題をはらんだ事件として、法学を学ぶ者なら知らないものはいない裁判例がある。
立川反戦ビラ配布事件である。
「ビラ貼り・配り等の宣伝活動」が禁止された自衛隊官舎に入って、反戦の主張を記載したビラを活動家が、建造物侵入で有罪になった事件である。
自衛隊官舎の管理権者の意思に反した侵入が不法侵入ととらえられたわかりやすい例である。
なお、配達ピザの広告を投げ入れてる配達員は捕まっていない。政治活動はダメで、配達ピザのチラシは良いのかと指摘されて割と問題になったが、それは別の話。
(4) 結論
さて、ラブホテルに話を戻すと、ラブホテルの管理権者(オーナー)が「盗聴器を設置するために」ホテルに入ることを許すか?
許すわけないし、たとえ許していたとしても「許しています」と言えるわけがないのだ。そんなホテル、ラブホテルじゃなくても誰も泊まらんだろう。
盗聴器設置目的での侵入は明らかにラブホテル管理権者の意思に反する立入りであるから、ラブホテルへの立入りは建造物侵入になる。
と私は考える。
3 何故そんなことを藤井氏は言ったのか
上の引用で出てきている藤井氏は「日本における盗聴器発見の第一人者、東和通信社代表」らしく、法律の専門家ではない。
だから、刑法の解釈を知らないのか、以前、刑法学の主流だった「そっと入れば罪にならない」という学説からアップデートされてないのかもしれない。
あるいは、盗聴されたホテル利用者が被害者となるような罪はないという意味ならあながち間違っていない。不法侵入の被害者はホテルの管理者だからだ。なお、罪にはならないとしても、慰謝料ぐらいは取れそうな気はする。まあ、探り当てるのは難しいが。
藤井氏の発言を真に受けて「罪にならないなら、オラも盗聴器をしかけてみてぇ」と思うアホどもが出てこないとも限らない。盗聴器を仕掛けにホテルに入ることは違法だから決してやってはいけない。
プレジデントオンラインも多少は考えて記事を作成してほしいと思う。