1 ロシアのウクライナ侵略
令和4年2月23日、ロシア連邦がウクライナに侵攻し、侵略戦争を開始した。国際法上の違法性はもとより、いかなる理由をつけようと正当化されない暴挙といえる。そのような中、ウクライナは報道発表を見る限り大規模なロシア軍の攻勢に各地で押されつつあるが、首都キーフ等で防御戦をよく戦い、欧米を中心とする多くの国がウクライナを支援し、ロシアに対する制裁を加えようとしている。
直ちにロシア軍は侵攻を中止し、国際社会における正当な外交秩序に服するべきだと信じてやまない。
2 義勇軍参加の呼び掛け
そのような中、在日ウクライナ大使館が次のようなツイートを発した。
ゼレンスキー大統領は27日、ボランティアとしてウクライナ兵と共にロシア軍に対して戦いたい格国の方々へ、新しく設置されるウクライナ領土防衛部隊外国人軍団への動員を呼びかけた。お問い合わせは在日ウクライナ大使館まで。 pic.twitter.com/y1HePfsxOz
— 在日ウクライナ大使館 (@UKRinJPN) February 27, 2022
このツイートは次のツイートでウクライナ本国政府も世界に呼び掛けている。
Foreigners willing to defend Ukraine and world order as part of the International Legion of Territorial Defense of Ukraine, I invite you to contact foreign diplomatic missions of Ukraine in your respective countries. Together we defeated Hitler, and we will defeat Putin, too.
— Dmytro Kuleba (@DmytroKuleba) February 27, 2022
ウクライナ領土防衛部隊外国人軍団(以下「国際義勇軍」という。)への加盟の呼び掛けは、各国政府の正規軍を非公式に派遣するための方便だという見方もある。戦術的に有り得る話ではある。
3 法的な問題点
ただ、この呼びかけを鵜呑みにして、国際義勇軍に参加してしまった場合、何らかの法的な問題が生じないか?
(1)私戦予備・陰謀罪
条文
刑法には国交に関する罪として、次の犯罪が規定されている。
(私戦予備及び陰謀)
第九十三条 外国に対して私的に戦闘行為をする目的で、その予備又は陰謀をした者は、三月以上五年以下の禁錮に処する。ただし、自首した者は、その刑を免除する。
正義感からだろうと国際義勇軍に参加しようとした場合、私は、私戦予備罪、又は私戦陰謀罪に該当する可能性があると考える。一つずつ文言を見ていこう。
「外国に対して」
「外国に対して」とは「国家権力の担い手としての外国」に対することを意味する[1]山口厚『刑法各論』(第2版)、2010年、有斐閣、537頁。
ロシアが外国に該当するのは明らかである。
これがイスラム国に対する戦闘行為であれば怪しかったろうし、メキシコのマフィア相手だったら問題にならなかっただろう。
「私的な戦闘行為」
「私的な戦闘行為」とは「国家意思によらない武力行使(組織的な武力による攻撃・防御)を行うこと」とされている[2]同537頁。
ここでいう国家意思には、外国の意思、本件でいうウクライナの意思があれば良いかはさらに検討を要する。
<令和4年2月28日追記:この問題は言い換えると、ウクライナ軍に所属した日本人の戦闘行為は「私的な戦闘行為」ではないのではないかという問題である。>
私戦予備等罪は、日本の外交上の利益を守るために設けられた規定である(同535頁)。ここから、ウクライナの意思に基づいて戦闘行為をすれば、日本の外交とは無関係であるから、問題ないといえるだろうか。言えないだろうと思う。やはり、日本人が日本国内でロシアと戦う準備をするということは、日本の外交に緊張を与えるだろう。外交とは個々人の思いで行うよりも、国家が国民を代表して行うべきものだ。「私達はロシアと戦争したいわけじゃないんですけど、日本国民は勝手にロシア兵を殺しそうです。」と外務大臣が言おうものなら、ロシアが報復に出ることもありえる。
<令和4年2月28日追記:逆の立場で考えてみるとよい。中国人が私的に北朝鮮兵士の身分で日本での工作活動を行った場合、北朝鮮に憤るのはもちろんのこと、中国にも「お前何勝手にさせとんのかい。」と憤るのが普通ではないか。>
そうすると、上記の「国家意思によらない」とはより正確に言えば、「日本政府の意思によらない」と解釈する必要があるだろう。[3]同旨。松原芳博『刑法各論』(第2版)、2021年、日本評論社、659頁。大塚裕史外3名『基本刑法2 各論』(第2版)、2018年、日本評論社、539頁。
したがって、ウクライナの国家意思があっても、日本政府の意思によらない限り(そして憲法9条があるので、よるわけがない。)、ウクライナでの日本人の戦闘行為は「私的な戦闘行為」ということになりそうである。
「予備」・「陰謀」
「予備」とは「私的な戦闘行為を実行する目的で、その準備をすること」をいう[4]上記松原659頁、655頁参照。。
この点について参考となるケースがあるが、令和元年に、イスラム国の戦闘に加わろうとした北海道大学の学生が、シリアに「渡航を企てた」ということで、私戦予備容疑で書類送検されている[5]https://www.tokyo-np.co.jp/article/20181:東京新聞2019年7月4日記事。2022年2月27日閲覧。
このケースに照らせば、ウクライナへの渡航を企てた、つまりチケットを取ったり、あるいは在日ウクライナ大使館に申込みに行ったりする行為も当然、「予備」にあたる可能性が高い[6]もっとも私戦予備罪での立件事例は現時点でこのケースしかない。。
「陰謀」とは「2人以上の者が私的戦闘行為の実行を具体的に計画し合意に達すること」をいい、「いずれも、自ら私的戦闘行為を実行する意思である」必要があるとされている[7]上記松原659頁、655頁参照。。
ということで、仲間を募って国際義勇軍に参加しようとすれば、陰謀にあたる可能性が高い。
「自首」
本件は、自首すれば刑が「免除」されるので、やっちまった人は早急に自首するよう勧める。
結論
なお、本罪には国外犯の規定はなさそう(4条の2は注意すべき)だが……。やはり、国際義勇軍への参加は私戦予備罪又は私戦陰謀罪に該当する可能性が高いと思われる。
(2)立件するか?
さて、ウクライナを支援するという国際的機運の中で、実際、やっちまったとしても立件されるだろうか?
私は甘く見ないほうが良いと思う。それだけ私戦というのは国家の正当な外交活動に影響を及ぼすと思われるし、そもそも普通の日本人は足手まといだろうからウクライナにむしろ迷惑を掛けるだろう。とすれば、警察も北大生の事案と同じく、立件して止めにかかるのが普通ではないか。
(3)ウクライナ大使館の責任は?
なお、国際義勇軍への参加を呼び掛けた在日ウクライナ大使館の職員には問題はないだろうか? こちらは刑事手続上は問題ない。外交官には不逮捕特権があるからだ(外交関係に関するウィーン条約29条)[8] … Continue reading。
もっとも国外退去を命じられる可能性はある(しないだろうが。)(同条約9条。通称「ペルソナ・ノン・グラータ」)
4 我々はどうするべきか
さて日本人はどうするべきだろうか? やはり日本国内で声を上げる。そして日本政府を動かしていくのが我々皆にできることだろう。
そして、募金をしたっていいだろうと思う。
ウクライナを応援したい方々用に、寄付金を送金できる銀口口座の詳細を更新いたします。以下になります。
三菱UFJ 銀行
広尾支店 047
普通
口座番号0972597
エンバシーオブウクライナご応援、どうもありがとうございます。
— 在日ウクライナ大使館 (@UKRinJPN) February 25, 2022
ウクライナに平和を! ロシアは侵略をやめろ!!
<令和4年2月28日追記:「パスポートが出ない。」あるいは「返納を命じられる。」という指摘もあった。確かにそれはありうる。パスポートの取得時、あるいは出国手続きのときに「ウクライナで戦うつもりだ!」と言えばね……。>
References
↑1 | 山口厚『刑法各論』(第2版)、2010年、有斐閣、537頁 |
---|---|
↑2 | 同537頁 |
↑3 | 同旨。松原芳博『刑法各論』(第2版)、2021年、日本評論社、659頁。大塚裕史外3名『基本刑法2 各論』(第2版)、2018年、日本評論社、539頁。 |
↑4, ↑7 | 上記松原659頁、655頁参照。 |
↑5 | https://www.tokyo-np.co.jp/article/20181:東京新聞2019年7月4日記事。2022年2月27日閲覧 |
↑6 | もっとも私戦予備罪での立件事例は現時点でこのケースしかない。 |
↑8 | 中国は守らないかもしれないが(参照:https://news.yahoo.co.jp/articles/708d3eb6c12563f43efdcff90be1a955ffeea3fa:共同通信2022年2月24日記事。2022年2月27日閲覧。)、日本政府は不逮捕特権を保障するだろう。 |
ウクライナの正規兵としてなら大丈夫なのではないでしょうか。
実際にフランス外国人部隊では日本人もいるようですし。(在日フランス大使館ホームページ参照)
ウクライナ大使館による募集ならセーフなのではないでしょうか。
追伸
あくまでも法律的見地からの質問であって実際に行くことは全く考えていません。
そもそもパスポートを持っていません笑笑
私が調べた範囲では、「私的に戦闘行為をする」という刑法の文言は、「日本国の国家意思によらずに戦闘行為をすること」と解釈するようで、私も本文中に記載した理由からその解釈を妥当だと考えます。
フランス外国人部隊の問題も問題を切り分けて考えなければなりません。
(1)大使館による募集行為は、外交官特権を中心とする外交条約により、問題になりません。
(2)大使館の募集行為に応じて外国軍兵士になろうとする行為は、さらに国内での行為か、国外での行為かによって分かれます。我が国の刑法では、私戦予備行為を国外で行った場合には、処罰されません。
フランス大使館の募集ページを見てみましょう。
https://jp.ambafrance.org/article9023
「入隊志願はパリ最寄りの以下の選抜センターで、24時間年中無休で受け付けています。」
とあります。
つまり、日本の出国ゲートで「今からフランス外人部隊でバリバリ戦って来ますよ!」などと申告しない限り(普通はしないでしょう。)、外人部隊に所属している日本人の私戦予備はフランス国内に入って初めてわかります。
日本国内でフランスに渡航する行為は、観光目的かもしれませんし、何の目的か立証できません。立証できないからアウトにできないだけで、犯罪にならないわけではない(セーフではない)のです。
ウクライナ大使館の場合は、日本国内のウクライナ大使館に問い合わせるあるいは訪問することを求めていますので、フランス外人部隊の抜け道は使えないだろうと思います。
北大生の事案はISISという国際的なテロ組織への参加しようとした事案ですが
今回のような国が定めた軍隊への参加も違法であれば
フランス外人部隊へ参加するのも違法となりえませんか?
そちらの方が逮捕立件されたと言うことは全く聞いたことないのですが、それについてはどう思われますか?
フランス外国人部隊の問題も問題を切り分けて考えなければなりません。
(1)大使館による募集行為は、外交官特権を中心とする外交条約により、問題になりません。
(2)大使館の募集行為に応じて外国軍兵士になろうとする行為は、さらに国内での行為か、国外での行為かによって分かれます。我が国の刑法では、私戦予備行為を国外で行った場合には、処罰されません。
フランス大使館の募集ページを見てみましょう。
https://jp.ambafrance.org/article9023
「入隊志願はパリ最寄りの以下の選抜センターで、24時間年中無休で受け付けています。」
とあります。
つまり、日本の出国ゲートで「今からフランス外人部隊でバリバリ戦って来ますよ!」などと申告しない限り(普通はしないでしょう。)、外人部隊に所属している日本人の私戦予備はフランス国内に入って初めてわかります。
日本国内でフランスに渡航する行為は、観光目的かもしれませんし、何の目的か立証できません。立証できないからアウトにできないだけで、犯罪にならないわけではない(セーフではない)のです。
ウクライナ大使館の場合は、日本国内のウクライナ大使館に問い合わせるあるいは訪問することを求めていますので、フランス外人部隊の抜け道は使えないだろうと思います。