例えば目の前で倒れた人がいるとする。そっと見てみると息をしていない。人工呼吸やAEDが頭に浮かぶ。
しかし、異性が倒れていたらどうだろうか? 人工呼吸に抵抗はないか? AEDを使うのに服を脱がすことはできるか?
はたまた、自動車教習所で習った程度の心肺蘇生で胸の骨を折ったらどうする? 気道が上手く確保できずにそのまま窒息死させてしまったら?
さまざまリスクが頭に浮かぶものだ。果たして、応急救護に失敗したら処罰されるのだろうか?
刑法上の考え方
刑法には次のようにある。
第三十七条 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。2 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。
整理して書くと次のようになる。
- 他人の生命・身体に対する現在の危難を避けるため(危難)
- やむを得ずにした行為が(緊急)
- 危難よりも小さい被害を与えたとしても(相当)、罰さない。
要するに、目の前で倒れた人がいて(危難)、急いで応急措置をしなければ死にそうだという場合には(緊急)、心肺蘇生のために胸の骨を折ったりしても、そのまま死ぬよりマシだから(相当)、罰さない。
ということだ。これによって、応急措置に失敗したというか、多少痛みを与えても、罰されることはない。
また、AEDを使うために服を脱がしたようなケースでも、同じ事だ。
また、次のようなことも書いている。
- 他人の生命・身体に対する現在の危難を避けるため(危難)
- やむを得ずにした行為が(緊急)
- 危難よりも大きい被害を与えたとしても(不相当)、
- 情状により減刑、又は、罰さない。
例えば、目の前で倒れた人がいて(危難)、死にそうなほどではないが、急いで応急措置をしなければ大変だという場合に(緊急)、心肺蘇生を強くしすぎて死んでしまった(不相当)ケースでも、その時の状況や、よかれと思ったその気持ちなどをくんで、罪には問わなかったり、軽い罪にとどめておきましょう。
ということだ。よっぽど変なミスでも無い限り、不処罰だろう。
法律的には実はこれに「緊急避難の意思」というのが必要になる。どさくさに紛れてろっ骨何本か折ってやろうとか、どさくさに紛れて身体を触りまくってやろうなどという不貞な輩を許さないための措置だ。だが、どさくさに紛れてやった行為か、そうでない行為かを区別することは容易ではない。例えば倒れた女の子の服を脱がして、裸の写真を撮るとかそういうレベルの行為をしないと、救護車の悪意は証明できないのではないだろうか。
ま、ともあれ、応急措置をしたことや、失敗したことによって、刑罰を科される可能性はほぼないと言って良いのだろうと思う。
民事上の考え方
民法は次のようにいう。
(緊急事務管理)第六百九十八条 管理者は、本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。
考え方は刑法とほとんどかわらない。事務管理は頼まれてもないのに行う「お節介」のこと。
例えば、心肺蘇生でろっ骨を折ったら、ろっ骨を折った治療費や慰謝料を払わなければならないかが問題になる。その場合、悪意(ろっ骨を折ってやろうと思った場合)、又は、重大な過失(ほんのわずかな注意でろっ骨を折らずに済んだ場合)があるのでなければ、治療費や慰謝料は払わなくても良いという趣旨の書きぶりである。
まとめ
刑法は国が応急処置者を罰するかどうかが書いてあり、民法は応急処置をされた人が応急処置をした人に損害賠償請求できるかどうかが書いてある。
いずれの場合も、よかれと思って行った応急処置を罰することはほとんど無いと考えて良いのだ。