天皇即位の礼に合わせて恩赦が行われるとのことである。55万人が対象になるとのことである。沢山の解説も出ているが、法的な解説はWikipediaぐらいだ。
恩赦とは
恩赦とは主に刑事事件で有罪判決を受けた者に対し、有罪判決の不利益を無くしたり軽くしたりする政治行為である。日本は三権分立といって、刑事事件の最終判断は司法権を有する裁判所が決めることになっている。しかし、恩赦は司法の最終判断をひっくり返すことになる。だから、恩赦は司法権の例外とか、三権分立の例外といわれることがある。
憲法違反か?
三権分立は日本国憲法が定める基本原理なので、恩赦は一見すると憲法違反とも思われる。日本国憲法には次のようにある。
第七十六条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
(後略)
天皇の行為として
しかし、恩赦自体は憲法違反にはならない。実は恩赦は憲法に規定されているからである。しかも天皇の国事行為として。
第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
(中略)
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
(後略)
恩赦の種類には大赦(たいしゃ)、特赦などがあって、天皇は、内閣の助言と承認によって、「恩赦してもいいよ。」と言って良いことになっている。というか、内閣が「恩赦した方が良いよ。」と言って、天皇が「いやだ。恩赦しない。」とは言えないので(日本国憲法3条、4条2項)、内閣が恩赦すると言えば、恩赦はされる。
内閣の権限として
なお、内閣の権限として、次のようにも書いている。
第七十三条 内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
(中略)
七 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること。
とりあえず恩赦すること自体は憲法違反ではないのである。必ず憲法違反になる行為が憲法で許されているということはあり得ないからである。
どんな恩赦でもできるわけではない(と思う)
恩赦が憲法違反ではないとしても、じゃあどんな理由でも、どんな刑でも恩赦の対象にできるわけではない。憲法でも後から挙げる恩赦法でも限定はあってないようなものだ。ただ、やはり三権分立に対する配慮というのは絶対に必要だと思われる。
例えばこれまで恩赦のたびに問題になり、今回の恩赦でも絶対に問題になるのが、公職選挙法違反者に対する恩赦だ。公職選挙法は公平な選挙を確保するための法律で、選挙制を採用する民主主義社会では非常に重要な法律であるといってよい。公職選挙法では選挙の公平性を害した違反者に対して、一定期間選挙活動を禁止するなどの措置をとることが認められている。
恩赦には復権という種類が含まれているが、復権によってこの禁止が解除される。要は自由に選挙活動ができるようになる。
これだけ聞くと別に問題ないように聞こえるが、「選挙法違反をした人間を、選挙で選ばれた人間が許してもよいのか」という問題を考えて欲しい。公職選挙法違反は見つかったから処分されているようなもので、見つからない公職選挙法違反なんて山ほどある。バレていないだけで、ズルしている人は沢山いるのだ。ズルをすれば政治家は選挙で勝ちやすくなる。だからズルして勝っている(勝ちやすくなった)政治家がいる。その政治家が所属している政党は与党になる。与党になれば内閣に選ばれる。内閣が恩赦を決定する。つまり、政治家は自分のためにズルしてくれた人を恩赦によって救うことができるのだ。なんとなく身内に甘いような、あるいは不純な恩赦のようにみえる。
具体的に言えば、例えば共産党が自分のところの党員にズルさせて与党になった後、ズルした党員を許すと言って許せるか? 共産党を自民党にかえても、立憲民主党にかえても許せないだろうと思う。
憲法を守るべき政治家達が、三権分立と緊張関係にある恩赦という政治行為を、自分たちのズルや保身や身内びいきのために使うことは許されない。
こういう議論が昔からあったわけである。
また、国全体が喜ぶべきことや悲しむべきことがあったときに恩赦が行われることが多い。だから、天皇が即位したり、崩御したりすると、恩赦が行われる。しかし不思議なことだ。その他に恩赦のタイミングはほとんどないからだ。東日本大震災で何万人も死のうが、台風で甚大な被害が出ようが、恩赦が行われるわけではない。何となく天皇制と恩赦の結びつきが強くなってしまっていて、昔ながらの「君主の恩恵、慈悲による恩赦」というイメージがついてまわる。普通に考えれば時代錯誤もいいところなのだ。
天皇をありがたいと思うのは勝手だが、国民主権の建前がある以上、法的には天皇の冠婚葬祭と恩赦を結びつけるのには違和感がある。違法違憲とまでは思わないが。
恩赦は古い法律によって刑事処罰を受けている受刑者や、裁判にかけられている被告人を救済するという意味では、意味があることだろう。
例えば昔は尊属殺人といって親殺しは死刑か無期懲役が基本だった。だが、時代に合わないということで最高裁判所は尊属殺人は憲法違反だと判断した。だから尊属殺人という罪はなくなった。しかし、だからといって過去尊属殺人に問われて有罪判決が出た人は、無罪なるわけではなかった。判決が出たときは、尊属殺人という罪があったからだ。こういう人を救うために恩赦が行われた。これは司法権の判断を尊重するものとさえいえるもので、三権分立との緊張関係も大分やわらぐ形での恩赦である。
恩赦法
ともあれ、憲法に書いてある恩赦について具体的なことは法律に書いてある。恩赦法という法律である。短い法律なのですぐ読める。ただ憲法よりは具体的だが、どんなときに恩赦ができるかなんてことはあまり書いていないので、自分が恩赦の対象になるかどうかを探るのにはあまり役に立たない。
恩赦される予定の人には法務大臣から文書が届くので(恩赦法13条)、恩赦が欲しい人は期待しながら待つしかない。