宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』 読書メモ


弁護士会でよく耳にする言葉が「少年には可塑性がある」というものだ。少年という単語は法律界の言葉遣いでは少女も含む。可塑性は力を加えれば形を変える性質のこと。打てば響くし、良い子にしようとすれば良い子になる。どうしようもない手の打ちようのない子なんていないのよ。

「子どもはみーんな天使」とまではいかないが、かなり現実離れしているイメージを抱くものだ。

どうしようもない子

仕事柄、少年事件を1年に何回か担当する。悪いことをした少年のために、色々な手続きを代わりにしたり、地域で生きていけるように微弱ながらお手伝いをしたりする。ただ、割合「どうしようもない子」というのにあたることは多い。

どうしようもない子とは、やらかした事件に対し全く反省を見せない子、反省しているフリはする子、被害者・警察・児童相談所に対する不平や不満を述べ続ける子だ。

少年事件を担当する弁護士のことを付添人と呼ぶ。弁護士に成り立ての頃は、付添人として「まず反省させる。そして己の運命を受入れさせて、そこがようやく更生へのスタートラインだ。」などと熱い思いを持っていた。今はそんな情熱なんてない。「なんだこいつら反省してねえな」が口癖である。いつもスタートラインに立てないまま、法的には問題ないはずだが、なんとなーく事件が進んでいく無力感を覚えざるを得なかった。

どうもそれは私の認識が誤っていたらしい。それを知らせてくれたのが宮口幸二『ケーキの切れない非行少年たち』である。

認知行動療法の盲点

筆者によると認知行動療法とは次のような治療法である。

思考の歪みを修整することで適切な行為・思考・感情を増やし、不適切な行為・思考・感情を減らすことや対人関係スキルの改善などを図る治療法の一つで、心理療法分野では効果的であるとされています。(4頁)

例えば少年の中には「お金を手に入れるには盗むしかない。」とか「あの子も犯してる途中で気持ちよくなるから結果オーライ」みたいなとんでもない発想の飛躍がある子どもがいる。

「いやいやお金を手に入れるってのはね・・・」とか「普通はそうは思わないんだよ」と誤った認識を正していく作業が必要になる。そういうある種の心の問題に効果的とされているのが、認知行動療法と呼ばれる専門的な治療法だ。

ところがこの方法には一つの盲点がある。

それがそもそもの認知機能に問題がないことが前提というものである。

非常に極端な話、「日本語しか話せない子どもが、アメリカの小学校で算数のテストの点が悪かったから、補修を受けた。これで点数が上がるか?」という問題だ。授業も英語、テストも英語、採点も英語、補修も英語、再テストも英語だ。上がるわけがない。まず行うべきは英語力の向上である。要は英語を通して物を見る、聞く、想像する、話すという英語の認知能力を高めるしかないのである。

認知機能を高めましょう

「実は同じ日本語を話しているはずの非行少年達が、異国の少年達のような存在だった。だから、まずは同じような物の見方・考え方ができる土台を鍛えましょう。」というのが本書の主題である。人は誰しも生まれながらの日本人ではない。多くの日本人は、日本人の親の下に生まれて、日本の言葉に触れ、日本の文化を見聞きして、ようやく日本人になっていく。だから虹は7色に見え、プレゼントを渡すときに「つまらないものですが・・・」と渡す。

だが、認知能力が衰えていると、みんなと同じような考え方がそもそもできない。

この本の筆者がこのことに気がついたのは、ケーキを三等分(五等分)にせよとの問題に答えられない少年達と出会ったことだった。

物を切り分けるという簡単な行為ですら、彼らはお手本をまねるということすら、難しいのである。

まとめ

筆者はコグトレという認知機能を高めるメソッドの普及に努めている。

なるほど彼らは「反省していない」のではない。「反省できない」のだ。そのことを社会が認識したとき、「もうどうしようもないな」と社会から放逐する方に動くのか、それとも「それならそれなりの方法を探して頑張ろう」という方に動くのか。この本によって、社会がこの重要な岐路に立たされたのではないか。


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