毒樹の果実理論とは何か
刑事訴訟法を学んだ者であれば知らない者はいないであろう言葉が「毒樹の果実」である。
非常にざっくりと説明すると、捜査機関が違法に収集した証拠は、刑事訴訟で証拠として用いてはならないという理論である。結果オーライで違法な捜査をバンバンされては国民の権利が侵害されまくることになるので、ダメなやり方で集めた証拠は使えないようにしようというルールである。抜け道というか例外も色々とある理論なので適用には気をつけないといけない。
この理論は、アメリカで言及されている理論であり、我が国では直接採用はされていない。しかし、我が国が採用する違法収集証拠排除法則に大きな影響を与えている。
そして実務上のインパクトもさることながら、ネーミングにもインパクトがある。毒のある樹から採れる実にも毒があるので食べてはいけないということを説明した秀逸な例えだ。
英語では”Fruit of the poisonous tree”という。
毒樹とは何かという問題
しかし、疑問も生じる。「毒樹」ってなんだろうか。我々は「毒樹の果実」と言われて何をイメージすればよいのだろうか? 「毒樹とは違法捜査の例え」と言われても、そもそも毒樹が頭に思い浮かばなければ、例えとしては失敗しているのではないだろうか。
似たような問題意識に「東京ドーム何個分」がある。私は東京ドームに行ったことがあるので、「ふんふん。結構広いな」とか「なんだ思ったより小さいんだな」というイメージが湧く。しかし、東京ドームをイメージできなければ「何個分」とか言われても「だから結局どのくらいなのよ」という疑問は尽きないだろう。「バチカン市国の半分くらいかな」と言われてもピンとこないのと同じである。
そこで、法学徒のために、「毒樹の果実理論」というときの「毒樹」が具体的に自然界における何の植物を指しているのかを明らかにする絶対的な必要性があるのである!
毒樹の果実の特徴
そこで、まずは毒樹の果実の特徴を示す必要がある。
1 毒樹の果実というからには、実をつける植物でなければならない。
2 実にも食べてはいけない毒があるという趣旨なので、樹にも果実にも毒がなければならない。
3 アメリカの理論なので、アメリカにある植物でなければならない。
4 少量なら食べられる場合がある。
この4つが最低ラインだ。あとは当てはまりそうな植物をいくつかピックアップしていくことになる。
ところで、4が少し腑に落ちない方もいるだろう。少し説明を補足すると、毒樹の果実理論には「独立入手原の法理」”Independent source doctrine”という例外の考え方がある。これは違法な捜査とは別に適法な捜査からでも発見しえた(された)証拠の場合には、刑事訴訟でも証拠として用いることが可能な場合があるという考え方である。つまり、毒があっても食べても良いケースがあるということである。そこで、4の特徴があるといえる。
毒樹の果実の候補
植物図鑑が家に無かったので、ネットでポチポチ検索した。
(1) マンチニール
「樹 実 どちらも毒」で検索してまず出てきたのがマンチニールだった。なんかどっかで聞いたことがあるなと思ったが、ギネスで「世界で一番危険な木」だった。
参考:ギネスワールドレコーズ公式サイト Most dangerous tree
まず実をつけるので特徴1は満たす。木にも実にも猛毒があるので特徴2も満たす。アメリカのフロリダ州に生えているそうなので特徴3も満たす。
ただ、特徴4を満たすとは言い難い。食べると口の中と喉が腫れ上がり、胃も炎症を起こし、激痛を感じるそうだ。先住民族は捕虜をマンチニールの木に縛り付けて激痛とともに死にいたらしめたという話もある。こんなものとてもじゃないが少量でも食べられない。
ということで、マンチニールではない。
見た目もリンゴっぽいのでイメージがしやすい候補だったが残念である。
(2) ドクウツギ
日本三大有毒植物の1つドクウツギも、樹にも実にも毒がある。
ベリーのようなきれいでかわいい実をつけるので、果実酒等にもしたくなるが、猛毒である。ただ、大人は10粒ぐらいなら死なないそうだ。(死なないだけで、死ぬような目には遭うだろうが。)食べた人もいて、少し甘いそうだ。
参考:TOCANA 世界最強の毒草ドクウツギを栽培し、味見した結果がヤバくて意外すぎる!【ググっても出ない毒薬の手帳】
とすると特徴1,2,4は満たすわけだが、特徴3を満たさない。アメリカには生えていないそうだ。ちなみに、ドクウツギの分布は太古の地球の赤道を示すという。ロマンである。
が、毒樹の果実理論の毒樹ではないようである。残念。
(3)ヤドリギ
結局15分ほどスマホをいじって検索するのに飽きてきたし、これといってピンとくるものがなかったので、やめようかなと思った。
ただ、最後にヤドリギの記事にたどり着いた。
調べてみると、ヤドリギはアメリカにもあるし、樹にも実にも毒があるし、少量なら食べても良いそうだ。ただし薬効を公的に証明されてはいないので食べることはオススメできない。
参考:厚生労働省『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』 セイヨウヤドリギ
とすると4つの特徴は全て満たす。
ヤドリギなら日本でもよく見られるので、イメージがしやすいだろう。
これからは「ああ。毒樹の果実の毒樹とはヤドリギのことなんだな」と思いながら刑事訴訟を学びたいものである。
ヤドリギという他の樹木に寄生する植物という特徴もなんとなく、適切な司法作用に寄生する悪しき捜査手法というイメージと合っている気がする。
ヤドリギこそが毒樹に相応しい理由
4つの特徴を全て兼ね備えたヤドリギは毒樹の果実理論における毒樹に相応しいことは上記のとおりである。
しかし、それでもなお、ヤドリギのみがこの毒樹の地位に相応しいのか、もっと適切な毒樹があるのではないか、そのような批判はありうるだろう。
私としてはこの批判に十分に応えることはできない。私もポチポチ目についた記事を見て回っているだけだからだ。
ただ、1つヤドリギこそが毒樹に相応しいと考えられる理由を北欧神話から指摘したい。
今でも曜日を表す英語に残されていたり、英語の語源に隠されているように、北欧神話の世界は欧米の文化に根をおろしている。
そして、ヤドリギとは欧米において冬でも緑の葉をつける生命力の象徴として神聖視されている。
しかし、こと司法に関しては別の物語を持ちうるのである。
北欧神話の主神はオーディンである。「万物の父」や「勝利の父」とも呼ばれ強い力を持ち、戦いを左右する。ルーン文字の秘密もオーディンが自らを生贄に捧げて得たという。
オーディンにはバルドルという息子がおり、光の神として世界中から愛されていた。
バルドルに関係する神話には「バルドルの夢」「ギュルヴィたぶらかし」がある。
悪夢を見たバルドルを心配して調べると、どうもバルドルが兄弟に殺されるという予言が出た。そこで、バルドルの母であるフリッグが世界中の植物や動物、神々、はては石や鉄といった無生物にまで「バルドルを傷つけない」という誓いを立てさせる。しかし、若いヤドリギは誓いの意味がわからないだろうということで、例外的に誓いを立てさせなかった。このヤドリギは古ノルド語でミスティルテインと呼ばれる。
神々はバルドルが無敵になったと喜び、バルドルに石や剣を投げつける遊びを始めた。その遊びに加われなかった盲目のヘズというバルドルの兄弟に、オーディンの義兄弟であり、北欧神話最高のトリックスターであるロキが近づく。「自分は盲目だから遊びには加われない」というヘズに、ロキは「大丈夫僕が手を貸してあげるよ」とヘズの手にヤドリギを握らせ、バルドルに向けて投げさせる。
ヤドリギはバルドルを貫き、バルドルは死ぬ。このあとバルドルを黄泉の国から取り返すための話が始まるが、それは別の話。
要はヤドリギとは光の神を殺すのに使われた植物でもあるということである。
そして、バルドルには息子がいた。フォルセティと呼ばれる。フォルセティは司法と縁の深い神である。
フォルセティの住まうグリトニルという宮殿では、神々の中でも最も賢明かつ雄弁とされるフォルセティの裁きで、揉め事を抱えた者も全員和解して帰っていくそうである。
弁護士にとっても夢のような話である。
フォルセティにとってはヤドリギとは父を殺した植物なのである。
このフォルセティが「毒樹の果実」と言った時に真っ先に思い浮かべるのは「ヤドリギ」なのではなかろうか。
私は、このように毒樹の果実の特徴にもぴったりくるし、由来もきっちり説明できる植物は、ヤドリギだと思う。