カルタゴ農法の元ネタと大カトーについて雑記。


カルタゴ農法

除草のために自分の持ち家に塩をまいた男性が話題になった。

また、天穂のサクナヒメという稲作シミュレーションゲームで、除草効果があるからといって塩を田に撒くプレイも話題になった。

Twitterでは「カルタゴ農法」とネタにされている様子が伺える。

 

カルタゴ農法とは古代の第3次ポエニ戦争の結末が元ネタである。

宿敵カルタゴを滅ぼしたローマが、カルタゴが二度と復活しないように塩をまいて土地をだめにしたという伝説である。

最近ではローマは塩をまいていないという説も有力らしい。

しかし、ローマが如何にカルタゴを憎んでいたかを表現するにはうってつけなのだろう。

大カトーの名言

この第3次ポエニ戦争へとローマを進ませた政治家が大カトーである。

大カトーは第2次ポエニ戦争でギタギタのメタメタにしたはずのカルタゴが経済的成長を遂げている様子を目の当たりにし、ローマの強敵となりうるこのカルタゴを次こそは滅ぼさなければならないと決意した。

そして、ローマ市民や元老院を焚きつけるために、どんな演説でも締めくくりを「ともあれ、カルタゴは滅ぼされるべきである」というセリフにしたそうである。

例えばこんな感じである。

「今日はいい天気ですね。ところで、カルタゴって滅ぼされるべきです。

「明日一緒に行くお店だけど、新しくできたイタリアンでいいよね。ところで、カルタゴは滅ぼされるべきです。

これは聞いている側からすると「ちょっとおかしくなってしまったのかな」と思わざるを得ない言動である。

 

しかし、大カトーは尊敬を集めており、ローマ市民も元老院も「カトーがいうなら、そうなのかも。」と思ったのだろう思う。

よくわからん話でも繰り返し唱えていれば、正しく聞こえる。

今でもよく耳にする話である。

対比列伝

さて、この大カトーの有名なセリフだが、出典はプルタルコスの『対比列伝』である。

『対比列伝』は日本では『英雄伝』とも呼ばれる。

京都大学学術出版会が発行している柳沼重剛先生訳の西洋古典叢書・プルタルコス『英雄伝3』だと95頁に書いてある。(大カトー・二十七-2)

 

この『対比列伝』は大カトーの業績が色々と書いてあって面白い。

これを読むと、大カトーは質実剛健という言葉がピッタリの男だったようである。

なんとなく田舎のドンみたいな雰囲気のある男にも感じる。

人物像を挙げると

・政務のかたわら農業を晩年になるまで続けていた。

・質素倹約を旨としていた。(というよりどケチっぽい。)

・奥さんと子供は大事にした。

 (引用者加筆:大カトーは)妻や子を打つ叩くというのは、この世で最も神聖なものに手を上げることだと言っている。また、立派な元老院議員であるということよりは、立派な夫であることの方が、よりいっそう賞讚すべきことだ」(大カトー・二十-3)

もっとも、若い奴隷と付き合うのを息子夫婦に嫌がられたりもする女好きの一面もあったようである。

・雄弁家でもあり、皮肉屋でもあったようである。

あるときローマの民衆が、今はその時でもないのに、穀物の分配を要求すると、カトーは次のような句で始まる演説をした。いわく「市民諸君、耳をもたぬ胃袋にむかってものを言うのは、むずかしいことだ」。(大カトー・八-1)

他方で、ギリシアのように弁論熱がローマに広がるのは嫌だったようで、弁論による名声よりも、実践や戦いによる名声を重んじた。

・ローマ市民の風紀の乱れを厳しく取り締まる一面もあった。

・自ら軍を勇敢に率いて戦うことも多く、高位の役職をいくつも経験しており、また高齢でもあったことから、人々や元老院からの尊敬を集めていた。

カルタゴを滅ぼした影響

結局、大カトーの訴えが通じて、カルタゴが滅ぼされた。

そして、古代ローマは最盛期を迎えることになる。

しかし、大カトーのライバルだったスキピオ家が予言していたとおり、最盛期を迎えた事実が、古代ローマが混乱に足を踏み入れたことも示すのである。

(引用者加筆:プブリウス・スキピオは)民衆がすでに思い上がっていろいろと過ちを犯し、そのうえ運に恵まれて誇り高くなり、もはや元老院には御しがたく、その力にまかせて、勝手に、国家全体を引きずって行きそうな気配を見て、ちょうど馬を轡で御するように、カルタゴの驚異を掲げて、民衆が突っ走るのに対抗させた。(大カトー・二十七-3)

ライバルがいないというのも堕落への条件なのだと歴史が教えるのである。


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