偵察気球を合法的に撃墜する方法について


中国が気球で米国を偵察している可能性があるとのニュースが流れ、その後、米国は気球を空軍機で撃墜した。

気球の残骸を回収し、今後調査するそうだ。

 

問題なのは、同様の気球が日本の空でも発見されていることだ。

つまり、中国が気球を使って我が国を偵察している可能性があったということだ。

 

ふとした疑問ではあるが、日本領空に侵入してきた外国の偵察気球を撃墜するとして、それはいかなる法的な根拠に基づいて行うことができるのだろうか?

当然ながら法の手続的正義を重んじる我が国では、法律の根拠なしに国家権力が行使されてよいはずはない。

国土交通大臣がお国のために怪しい気球を竹槍で撃墜できるかどうかは、国法によって権限が与えられているのかどうかによるのである。

 

以下では、私なりに法的な根拠を検討した考察を開陳しようと思う。

全く専門外である問題であるため、初歩的なミスもありうるところであり、是非とも誤りのご指摘や、異論についてはご教示を賜りたい。

 

航空法では?

航空機の飛行の安全性を確保する目的で制定されている法律が航空法である。

航空法上、気球はどのように扱われているのだろうか?

 

まず、航空機は「人が乗つて航空の用に供することができる飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船その他政令で定める機器」(航空法2条1項)である。

有人気球であれば「飛行船」という扱いになるのだろうか。政令(=航空法施行令?)には定める機器が規定されていなかった。

ちなみに日本気球連盟の見解では、熱気球は航空法上の航空機ではないという見解である。

(参照PDF:熱気球自由飛行安全規定

ただ、日本気球連盟によれば、気球には、熱気球、ガス気球、飛行船等を包含する概念のようだから、飛行船であれば航空法2条1項で航空機に該当するだろう。

(参照:気球とは?(日本気球連盟サイトより)

 

もっとも、今回、問題となっている偵察気球はおそらく無人である。

とすると、そもそも「人が乗って航空の用に供することができる」という定義に該当しないので、航空機扱いはできないということになろう。

 

航空法には、無人航空機についても定義規定がある。

「航空の用に供することができる飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船その他政令で定める機器であつて構造上人が乗ることができないもののうち、遠隔操作又は自動操縦(プログラムにより自動的に操縦を行うことをいう。)により飛行させることができるもの(中略)をいう。」(航空法2条22項)

いわゆるドローンのことだ。ただ「飛行船」も含んでいる。無人の偵察気球も、遠隔操作や自動操縦ができれば「航空の用に供することができる飛行船であつて構造上人が乗る子ができないもののうち、遠隔操作又は自動操縦(プログラムにより自動的に操縦を行うことをいう。)により飛行させることができるもの」に該当するだろう。

 

ここで問題なのは、「遠隔操作又は自動操縦」である。

有名な話だが、世界初の大陸間遠隔攻撃をやらかしたのは日本である。

その攻撃に用いられた兵器は風船爆弾と通称される。

和紙とコンニャク等で作った気球である。これに爆弾をくくりつけて本州の海岸から飛行させ、ジェット気流に乗せて、アメリカ本土まで到達した頃に、爆弾を落とすという計画だ。

操縦はジェット気流にゆだねるので、風船爆弾には遠隔操作や自動操縦の機能はないようにも思える。

しかし、実は風船爆弾は工夫がこらされていて、気圧計と連動して高度が下がれば重りを捨て、ちょうどよくアメリカ本土まで到達できるように設計されているのだ。

(といっても9300個飛ばして届いたのは1000個くらいだそうだが。)

この設計をプログラムにより自動的に操縦を行えるような設計というならば、風船爆弾も無人航空機である。

航空法はプログラムの定義をしていないので、辞書的な意味で、事前の計画、設計を広く含めるとすれば、ギリギリオッケーな解釈のようにも思える。

 

ということで、今回の偵察気球も風任せというわけでは心もとないので、少なくとも目的地に届くような工夫はしているはずである。

とすれば、この偵察気球も無人航空機に該当するといえるだろう。

 

さて、無人航空機についてはどのような規制になっているかというと、ここからが問題なのだが、撃墜(捕獲)できるような規定が見当たらないのである。

強いていうならば航空法132条の87だろうか。

無人航空機を飛行させる者は、第百三十二条の八十五第一項各号に掲げる空域における飛行又は前条第二項各号に掲げる方法のいずれかによらない飛行(以下「特定飛行」という。)を行う場合(立入管理措置を講ずることなく飛行を行う場合を除く。)において、当該特定飛行中の無人航空機の下に人の立入り又はそのおそれのあることを確認したときは、直ちに当該無人航空機の飛行を停止し、飛行経路の変更、航空機の航行の安全並びに地上及び水上の人及び物件の安全を損なうおそれがない場所への着陸その他の必要な措置を講じなければならない。」

ちょっとややこしいので簡単に言うと、国土交通省令で設定された飛行禁止区域又は法令で認められていない飛行方法を行うケースで、無人航空機の下に人がいそうなときは、安全の確保のための必要な措置を講じなければならないということである。

無人航空機たる無人偵察気球が日本の領空内に侵入し、それが人口密集地の上を飛行する場合には、「必要な措置」を講じることが「飛行させる者」(=外国)に義務付けられる。

ただ外国が義務を履行するはずがないので、義務者が法律に基づく義務を履行しないケースに該当し、行政代執行を行うことができる(行政代執行法2条。なお、文書の戒告は行政代執行3条3項で省略することができよう。)。

今回のケースでは航空法を所管する国土交通省が行政代執行を行うことになるだろう。

そこで、そういった設備があるかはわからんが、国土交通省の職員が自前の飛行機に乗って、気球を確保するためにいざ離陸……いや。無理だろ。

 

このような「必要な措置」を取ることができる技術的可能性についてはちょっと私にはよくわからない。

しかし、素人にもわかるのは、非常に危険だということだ。

想像してほしい。人口密集地の上空で大きな気球(しかも偵察用の大きな機械がぶら下がっている。)を確保しようとして、もし墜落したらどうなるか。

まして撃墜したら、人口密集地に墜落することになる。

部品が落ちてくるだけで相当に危険である。

つまり、代執行自体が超危険なのである。

危険を除去するために、めちゃくちゃ危険な行為をすることを法が認めるとは思えない。

ということは、代執行できないだろう。

 

「ちょっと待てよ。じゃあ人口密集地以外の危険でないところで必要な措置を講じればよいのでは?」と思われるかもしれない。

多分よくない。なぜなら、危険でなければ安全を損なうおそれがないので、そもそも航空法132条の87に基づく義務を課す前提を欠くからである。

いずれにせよ代執行できないだろう。

 

あと、航空法には134条の3第1項本文に「何人も、航空交通管制圏、航空交通情報圏、高度変更禁止空域又は航空交通管制区内の特別管制空域における航空機の飛行に影響を及ぼすおそれのあるロケットの打上げその他の行為(物件の設置及び植栽を除く。)で国土交通省令で定めるものをしてはならない。」とある。

つまり、無人偵察気球が航空機の飛行の邪魔になるようなことはするなという規定である。罰則もある。

ただ、これはなにか具体的な行為を命じているわけではないので、行政代執行の前提を欠く。

また、邪魔なものを国土交通省がどかせるとも書いていない。

なので、「合法的に撃墜できるか?」という問いには関係なさそうである。

 

航空法の規定では中々対処が難しそうである。

 

自衛隊法では?

いずれにせよ国土交通省が気球をなんとかできるとも思えない。そういう設備はないだろう。警察も無理だろう。

そこで、現実的には自衛隊に何とかしてもらうしかないように思われる。

 

自衛隊の行動を正当化するための基本となる法は自衛隊法である。

 

自衛隊法82条の3はどうだろう。少し長いが引用する。

(弾道ミサイル等に対する破壊措置)
第八十二条の三 防衛大臣は、弾道ミサイル等(弾道ミサイルその他その落下により人命又は財産に対する重大な被害が生じると認められる物体であつて航空機以外のものをいう。以下同じ。)が我が国に飛来するおそれがあり、その落下による我が国領域における人命又は財産に対する被害を防止するため必要があると認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に対し、我が国に向けて現に飛来する弾道ミサイル等を我が国領域又は公海(海洋法に関する国際連合条約に規定する排他的経済水域を含む。)の上空において破壊する措置をとるべき旨を命ずることができる。
2 防衛大臣は、前項に規定するおそれがなくなつたと認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、速やかに、同項の命令を解除しなければならない。
3 防衛大臣は、第一項の場合のほか、事態が急変し同項の内閣総理大臣の承認を得るいとまがなく我が国に向けて弾道ミサイル等が飛来する緊急の場合における我が国領域における人命又は財産に対する被害を防止するため、防衛大臣が作成し、内閣総理大臣の承認を受けた緊急対処要領に従い、あらかじめ、自衛隊の部隊に対し、同項の命令をすることができる。この場合において、防衛大臣は、その命令に係る措置をとるべき期間を定めるものとする。
4 前項の緊急対処要領の作成及び内閣総理大臣の承認に関し必要な事項は、政令で定める。
5 内閣総理大臣は、第一項又は第三項の規定による措置がとられたときは、その結果を、速やかに、国会に報告しなければならない。
北朝鮮のミサイル実験で度々話題になる破壊措置命令の根拠条文である。

先程も確認したように、無人偵察気球が落下すれば人命又は財産に重大な被害が生じると認められるし、無人偵察気球は航空機以外のものだ。

つまり、無人偵察気球も弾道ミサイル等の「等」に含まれるものとして、必要な手順さえ整えておけば、破壊措置を講じることができるのではないか。

 

一つ法的な問題としてあるのは、発見が遅れて領土を飛び越えてしまった場合はどうするかである。

あと、北朝鮮の弾道ミサイルですら撃ち落としたことがないのに、気球の危険性を認定して撃ち落とす判断が法的に可能なのかどうか……。

領土上空で発見した気球については、撃ち落とすほうが危ないのではないか……。

色々考えると自信はない。

 

こっちの規定はどうだろう。

(領空侵犯に対する措置)
第八十四条 防衛大臣は、外国の航空機が国際法規又は航空法(昭和二十七年法律第二百三十一号)その他の法令の規定に違反してわが国の領域の上空に侵入したときは、自衛隊の部隊に対し、これを着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる

んー。難しいのは無人偵察気球が「外国の航空機」といえるかどうかである。

航空機の定義が航空法の航空機と同じであれば、無人偵察気球は自衛隊法でも航空機ではない。

航空法と自衛隊法の航空機の定義が同じでなければならないというわけでもないので、航空機が空を航行するもの一般(無人のドローンや気球も含む。)と解釈することもできなくはないだろう。

無理やり航空機とすれば、無人偵察気球が国土交通省等に届け出を出していないなど「違反してわが国の領域の上空に侵入」したということはできるだろう。

その場合には、「上空から退去させる」ための必要な措置として、撃墜もできるのだろうか。

しかし、航空法と異なる航空機の定義でよいかどうも自信がない。

まとめ

やっぱりこういうのは法改正するしかないのではなかろうか。

(追記)

日本に気球飛来なら、自衛隊、緊急発進で警戒監視 防衛省「確認・公表の事実ない」日経新聞2月6日で防衛省の見解が出ていた。

気球も「国際法上の航空機」ということで、領空侵犯した気球に個別具体的な対応をするとのことである。

つまりは撃墜できるということだろう。

ただ、必要な措置の「必要性」の判断として、正当防衛や緊急避難が認められるケースに限り、武器等の使用ができるということのようでかなり抑制的なのだそうだ。

情報提供頂いた方ありがとうございました。


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