1 被害者にできること
犯罪の被害にあった人でも刑事裁判を起こすことはできない。被害者にできることは大きく次の3つだ。
- 犯罪があったことを捜査機関に知らせること(110番通報・被害届)
- 加害者を刑事裁判にかけて処罰してほしいと捜査機関に求めること(告訴・告発)
- 民事裁判で加害者に賠償を求めること(民事事件)
- 加害者の刑事裁判に参加して質問や意見を述べること(被害者参加制度)
2 どうして被害者が刑事裁判を起こせないのか
(1)起訴
裁判所で加害者を刑事裁判にかけることを公訴提起(起訴)という。起訴は原則として検察官にしか行えない。被害者が起訴することはできない。刑事訴訟法にも次のようにある。
刑事訴訟法247条
公訴は、検察官がこれを行う。
このように検察官だけに起訴する権限を与えていることを起訴独占主義と呼ぶ。
民事裁判は人間であれば原則として誰でも起こすことができる。自分の財産を取り戻すとか、貸した金を返してもらうとかは、取り戻したい人や、返して欲しい人が自由に裁判を起こして訴えることができる。
(2)被害者に起訴権限を与えない理由
被害者に起訴権限を与えないのには色々な理由があるとされる。
大きな理由は刑事裁判の公平性だ。結局、刑事事件というのは、同じような罪を犯した人には、同じような処分をする必要がある。同じような罪を犯したのに、ある者は重く、ある者は軽い処分ということになると、不平等だからだ。憲法にはこのようにある。
日本国憲法
14条1項 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
37条1項 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
処分にはそもそも裁判にかけるかどうかの処分も含まれる。例えば万引き1回目はよっぽどの事情が無い限り、裁判にかけられることはない。
しかし、被害者に起訴する権限を与えると、1回目だろうが何回目だろうが起訴する例が出てくるだろう。そうなるとある者は裁判にかけられ、同じようなことをしたの別の者は裁判にかけられずにすむということになる。これは不平等だよね、ということになる。
もう1つの理由は刑事裁判の難しさだ。ある行為が犯罪になるのかならないのか、どのような証拠が必要なのかなど、刑事事件にはかなり厳しいルールがある。これは無実の人に罪をかぶせないためのルールでとても大切なものだ。
被害者がこのルールを完全に守れるわけではないだろう。被害者に任せることによって、犯罪ではないことで人が裁判にかけられたり、痛くない腹を探られたりすることになりかねない。逆もあり得る。検察官に任せておけば有罪にできたのに、被害者に任されて無罪になる可能性がある。
いずれにせよ専門家である検察官に任せるのが安心なのだ。
3 被害者にできること
起訴するかどうかは被害者には決められないが、だから被害者が何もできないわけではない。
裁判がはじまれば被害者の意見も一応尊重はされる。処罰感情が強ければ、重い罪になりやすいし、弱ければ軽い罪になりやすい。
一定の被害者はその処罰感情をきちんと法廷で裁判所に意見したり、その意見を決めるために被告人に質問したりすることもできる。被害者参加制度という。
被害者参加制度には刑事弁護によく関わる弁護士からはかなり批判的な意見も出ている。被害者参加制度は裁判の公平性を歪める可能性があるというのがその理由だ。
自分も、特に裁判員裁判などの国民の意見が反映される場では、その批判が妥当する場面が多いように思われる。また、被害者の意見だけが全てではないということを理解できていない意見(そんな意見はあまりないが)に対しては危惧感を覚える。
ただ、そうはいっても被害者参加制度が無意味ないしは危険で即刻やめろとも思っていない。要は使い用だし、危険性を理解した上で制度を利用しましょうねと言う話なのだと思う。