1 韓国の非常戒厳でびっくりした
韓国の尹大統領が2024年12月3日夜、突如として非常戒厳を宣言した。
その結果、韓国軍が韓国の国会に展開するというとんでもない事態になった。
私は韓国の憲法及び法令に通じていない。
しかし、違法な非常戒厳だったとみて間違いないだろう。
そして、今、尹大統領は、内乱罪の被疑事実によって捜査されようとしているのである。
(参考:尹氏の計略、与党代表の離反招く 非常戒厳で拘束企図か 日経新聞2024年12月6日 )
2 自衛隊の治安出動について
日本の自衛隊について考えてみる。
自衛隊法78条は治安出動について書いている。治安出動は緊急事態が発生し、警察では治安が維持できない場合に命じられる出動である。
警察では治安が維持できない場合の典型例は内乱である。たとえば自衛隊のある部隊が令和維新を掲げて永田町や霞が関を攻撃し始めるような場合である。
この場合、自衛隊の他の部隊がその鎮圧に乗り出すことになるだろう。当然、武器の使用も一定のルールの下で認められる。
この治安出動は幸いなことに一度も発令されたことはない。
しかし、発令されかけた有名な事例がある。それは60年安保闘争である。
(朝日新聞社「アルバム戦後25年」より。)
日米安全保障条約の批准阻止を目的に日本全国で起きた抗議活動である。1960年6月15日の時点で警察発表でさえ13万人もの国民が国会議事堂を取り囲んだ。
この状況は時の岸信介首相をして震え上がらせた。そして、首相が治安出動を防衛庁長官(現:防衛大臣)に要請したのである。
この要請は赤城宗徳防衛庁長官によって拒否され、廃案になった。
3 違法な治安出動に従うリスク
今後、我が国の内閣総理大臣が違法な治安出動命令を発さないとも限らない。
そうなると自衛官は出動することになる。
治安出動命令が違法な場合、出動した自衛官に責任はないのだろうか。
(1)命令に従っただけなので責任なし?
1つの考え方は、「出動した自衛官は命令に従ったまでであるから責任を問われない」というものである。
確かに自衛隊法は、内閣総理大臣を最高指揮官とすること(7条)、上官の命令に対する服従義務があること(57条)を定めている。
自衛官が命令に従わなかった場合、自衛隊法上の刑罰が課される可能性もある。
そのため、一見すると、内閣総理大臣が出した治安出動命令を、自衛官が拒否することはできそうにない。
しかし、ことはそう単純ではないのである。
例えば、上官が自分の恋人の浮気相手を殺害するように命令したしよう。明らかに違法である。そんな命令に従う部下の方がどうかしている。
そこで有力な法解釈は、違法な命令であれば、自衛隊法における服従義務は課されないとしている。
治安出動命令が違法な場合、自衛官は出動を拒否できることになる。
自衛官は出動拒否できたにもかかわらず、違法な治安出動命令に従って出動した場合、責任が問われることになるだろう。
(2)違法かどうか判断できるのか?
ただ、やはりことはそう単純ではないのである。
違法な命令かどうかを命令実行前に判断できない場合があるからである。
例えば実際に暴動のようなものが生じていたとして、警察力で対応可能なのかどうか判然としないことは考えられる。
それなのに各自衛官が「この程度の暴動は警察にまかせておけば何とかなるだろ」などと手前勝手に考えられると困る。
実際のところは警察に対応できる範疇ではない場合、手遅れになってしまう可能性があるからである。
出動を拒否した自衛官は、命令不服従のかどで責任を問われるだろう。
そこで、通説的には、重大かつ明白な違法がある命令であれば服従義務を免除すると解釈している。
この見解は政府見解でもある。
(参考:明白かつ重大な違法がある上官の命令と自衛隊員の服従義務に関する質問主意書)
命令を受けた者に一般的な判断能力があることを前提として、「これは明らかに違法じゃないか!」と思えるような命令には従わなくてもよいということである。
むしろ従うこと自体が違法になる。
例えば全く暴動なんて起きていないのに発された治安出動命令は重大かつ明白な違法であろうと思われる。
したがって、自衛官は、現場の状況等から治安出動の要件を満たさないと判断した場合、出動してはならない。
なんとなく確かに暴動が起きているというレベルで発された治安出動命令ならばどうか?
普通は事前に警察官が対応していて、連携をとっているはずである。
警察からの情報を踏まえると「まだ警察が善戦しているようなケース」で、指揮官が治安出動した場合は重大かつ明白な違法であるとも思われる。
(3)重大かつ明白かどうかも判断できるのか?
そしてさらに進んで検討しなければならない点がある。
重大かつ明白な違法があるかどうかを判断できる主体である。
例えば情報が遮断されている状況で、指揮官が部下の自衛官に対し、治安出動を命じられた場合を考える。
自衛隊の内部でも情報統制が行われることは当然にありうる。
ここで問題なのは、情報源が上官しかないような部下は、重大かつ明白な違法があったとしても、それに気づくことはできないということである。
刑法学における「違法性の意識」や「適法性の錯誤」の問題として論じられるものである。
到底、このブログで解説することはできないので、刑法の基本書でも確認していただきたいが、やはり違法な治安出動に従った場合の責任の有無はケース・バイ・ケースであることは間違いない。
結局、重大かつ明白な違法に気づき得たかどうかが重要な問題になる。
全く気づくことが期待できないような場合には、責任を追及される可能性はほぼないだろう。
「ほぼ」と留保がつくのは、気づくことができたかどうかは、その自衛官の立場に置かれた一般人を前提に考えることになるからである。
4 事例(2.26事件)
最後に我が国における「内乱」の事例として、2・26事件を紹介したい。
刑法上の内乱罪ではなく、陸軍刑法における叛逆罪の事例である。
1936年に発生した約1400人の軍人が参加した反乱だが、鎮圧後の処理を見ていくと、概ね将校・下士官は何らか処罰されている。
将校についてはそもそも反乱の計画等に関わっており、部隊に対する出動命令が違法であることを明らかに認識していたので、当然である。
下士官については、出典は見当たらなかったが、将校に準じて処断されたようである。これは下士官が志願者のみで構成されている故とされている。
そして兵(つまり将校でも下士官でもない一般の兵隊)は原則無罪とされている。
例外的に、反乱時の殺人に加担した兵が3名有罪となったようである。
根拠を持って抗命することが期待されている者なのかどうかが、責任の有無を判断する1つのメルクマールになっている。
1936年当時の情勢や、我が国のあり方、旧陸軍と自衛隊の法制上の違い等を考慮する必要はあるものの、現在の自衛隊についても同様にいえるだろう。