押収拒絶権が行使できる要件と論点


裁判所や警察・検察は物やデータを差し押さえられる。刑事事件の証拠を集めるためだ。この捜査方法を捜索差押えという。

捜索差押えは逮捕や勾留に次いで、人の権利を制限する強力な捜査方法だ。人のプライバシーを暴き、所有権を制限するからである。

捜索差押えを受ける側には、例外的な対抗手段が用意されている。押収拒絶権(刑事訴訟法105条)である。

秘密は最大の防御 押収拒絶権の意義

警察・検察は、不見識、非常識さ、非中立、不公正、怠慢、理解力のなさを遺憾なく発揮して、無実の罪を着せることができる。例を挙げればきりが無い。(念のため言っておくが、最近の警察はかなりマシである。それでもおかしい警察官はいなくならない。おかしな弁護士がいなくならないのと同じである。)

無実なのに犯人だと疑われてしまった人々は、警察・検察と戦わなければならない。弁解したり、無実の証拠を出したり、反論したりしなければならない。また、警察が揚げ足をとってこないように、余計なことは喋らないこと(黙秘)も立派な対抗手段だ。秘密は最大の防御である。

しかし、法律の知識もなく捕まった人に効果的な防御は不可能である。だから弁護人がつく。弁護人は被疑者・被告人の味方だ。そして、弁護人は、被疑者・被告人が警察には言いたがらないことでも、知る必要がある。城の弱点を知らなければ、その城を守ることができないように。

そこで、弁護人は、捕まった人に、全てを正直に話すよう求める。引き替えに、弁護人は見聞きしたことを絶対に秘密にする義務(守秘義務)を負う。「これは内緒にする。」という約束は、弁護人と被疑者・被告人の信頼関係の基礎だ。秘密が破られれば、被疑者や被告人は弁護人に何も話さなくなってしまう。そうなると弁護活動は著しく困難になる。

弁護士の守秘義務はこのように重い。弁護人が被疑者や被告人の秘密を守ることは、マスコミであろうと、警察であろうと、検察であろうと、裁判所であろうと理解し、尊重しなければならない。「裁判所に聞かれたから、秘密をバラしちゃいました。」ではお話にならない。

そういうわけで、逮捕・勾留中の被疑者・被告人と弁護人の面会(これを接見という。)中の会話は秘密にできる。これを秘密接見という。加えて、被疑者・被告人から弁護人が預かった物は、手紙であれ何であれ、差押えを拒否できる。これを押収拒絶権という。

押収拒絶権が行使できる要件

拒絶できる人

刑事訴訟法105条の押収拒絶権は、一定の職業にのみ認められている。医者、歯医者、助産師、看護師、弁護士、弁理士、公証人、宗教家、またはこれらの仕事をしていた者である。

どの職業もお客さんや依頼者と秘密を共有する仕事だ。

拒絶できる物

それらの仕事に関係して今まさに預かっている物にしか行使できない。プライベートで預かっているものは差押えを拒絶できない。また、これから預かる物は差押えを拒絶できない。

そして、まだ内容が知られていない、秘密にする意味がある物でなくては、行使できない。別に差し押さえなくても誰でも知ってることなどであれば、拒絶して秘密を守る意味はそれほどない。

被疑者等から押収の承諾がないこと

預けた人が「別に押収しても良いですよ」と言えば、行使できない。開示の同意という。「秘密にしなくてもいい。」と本人が言っているのだから、秘密にしておく意味がないのだ。

あと、押収拒絶の理由が、自分のための理由でなければならない。例えば、「これを出すと友達が捕まっちゃう。」というのは、友達のための理由だ。だから、押収拒絶権は行使できない。

論点

秘密性の要件

このような判例がある。弁護人が犯行動画のビデオテープを所持している。これを差し押さえたい。しかし、弁護人は押収拒絶権を行使している。しかし、実は、そのビデオテープを複製したDVDを裁判所が取り調べていた。この場合、「ビデオテープの内容は秘密ではないから、押収拒絶権は行使できない。」とされた。

考え方はわからなくもない。もう同じ内容のDVDを見ているのだから、ビデオテープの内容を秘密にする意味がないとも言えそうである。

ただし、同じ内容を正確に複製していれば、の話である。複製すればノイズが入ることもある、画質が荒くなることもある、音声が聞き取りにくくなることもある。元になったビデオテープにしか保存されていない情報は秘密だろう。もしデータが少しでも劣化したDVDだったら、秘密である以上、押収拒絶権を行使できたはずだ。

権利行使の機会について

日本弁護士連合会が問題視した事案[1]https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2001/2001_12.htmlとして、弁護士が不在の弁護士事務所で捜索差押えをしたという事案がある。要は、押収拒絶権を行使する時間的余裕を与えずに、捜索差押えに及んだというもので、ある種の不意打ちである。

このような行為は卑劣極まりないため、道義的に許しがたい。そして、端的に押収拒絶権の侵害だと思われる。押収拒絶権を行使するチャンスを与えずに、押収することを認めてしまえば、押収拒絶権を認めていないことと同じだからである。

2020/1/8追記

カルロス・ゴーンの弁護団事務所に検察特捜が捜索差押えをしようとしたが、押収拒絶権が適切に行使された。

差押えの目的はゴーンのパソコンだったようだが、これからこのパソコンをどうやってゴーンに返還するのかが問題になるだろう。

弁護人の手から離れたら押収拒絶権が行使できなくなるからである。レバノンまで弁護人が届けに行くのだろうか。この中東がきな臭い時期に(笑)

2020/2/4追記

押収拒絶権の危機。ゴーンに関係して新たな事件が発生した。

押収拒絶権の行使と日本弁護士連合会の会長談話について


References

1 https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2001/2001_12.html

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