読書メモ 『想像と歴史のポリティクス――人文主義とブリテン帝国』(第1章 帝国の思想史)


木村俊道著『想像と歴史のポリティクス――人文主義とブリテン帝国』2020,風行社を入手した。さらっと読んだが面白そうだったので、読書メモを所感とともに記す。ページ数は全て本書のものである。

まず第1章から。

第1章 帝国の思想史

帝国を語る際の注意点

帝国は国民国家よりもはるかに長い間存在する概念である。したがって、「人類の文明社会の足跡を辿るためには、『国家』概念の歴史的展開に加えて、『帝国』を理解することが不可欠なのである」(p.22)。他方で、帝国という言葉は「往々にして、盲目的な賛美と感情的な非難」(p.22)を生じさせているため、「不要なレッテル貼りや誤解を回避するためにも、政治思想史の観点からの理解を慎重にすすめる作業が必要」(p.21)とされる。

ここで「政治思想史の観点からの理解」とあるのは、「歴史に内在する視点から帝国を理解する」ということだろう。現在の我々は帝国といえば「大日本帝国」とか「銀河帝国」などを想像する。そして、なんか知らんがヤバイ国。悪い皇帝が奴隷に皇帝の墓を作らせてそう。戦争が好きで共和制国家を征服しようと挑戦している国。などといった色眼鏡でみてしまう。しかし、それは、今を生きる我々が、帝国と名のつく集団がしでかした負の遺産や、SF等で語られた帝国のイメージを持っているからである。そうではなく、実際に帝国の中で生き、考えてきた過去の人々が持つ帝国に対する理解や思いは全く別のものだったはずである。このように、現在から過去を評価する立場ではなく、あたかも過去にあって過去を理解する内在的な立場で帝国を理解しようという試みなのである。これだけで、なんともロマンティックな話である。

とはいえ、人類史のすべてを俯瞰して帝国を語ることはできないので、著者はいくつかのテーマに沿って帝国の姿を叙述する。

古典古代

まず取り上げているのはギリシアである。ギリシアのポリスは都市国家であり、相当に内向きの集団というイメージがある。他方で、「『法』や『自由』や『勇気』を誇るアテナイやスパルタの自己認識」は「ペルシアやマケドニアに代表される、オリエント的な専制国家」の「拡大志向を有した『帝国』を想定し、それに対峙する中で培われた」(p.26)ことが指摘されている。加えて、ポリスによる植民活動や、アリストテレスの全世界の統治に向けられた認識から、ギリシアの思想史の中に「帝国」を見出すことも可能であることが指摘されている。

帝国という概念が初めて登場するのは次に取り上げられている古代ローマである。古代ローマはギリシアのポリスと異なり、外のものを取り入れる集団である。その外に対してローマの執政官等の命令(インペリウム)が及ぶ範囲という意味で「支配権が及ぶ広大な領域」(p.28)を示す帝国の概念が用いられるようになった。キケロの主張も下敷きにしながら、ローマが、「共和国としてだけでなく、偉大な帝国としても幾度となく顕彰され、後世まで語り継がれる」(p.29)一方で、タキトゥスの『アグリコラ』を引用して「共和制と帝国との緊張と矛盾」(p.30)が指摘されていることを指摘するのである。

古代ローマに関する点で重要な指摘は、帝国あるいは帝政の概念と共和国あるいは共和政の概念が交錯するということである。両者は併存しうるという意味で、スター・ウォーズ的な物の見方(共和国と帝国の対決)は一面的な味方でしか無いことになる。そして、もう1つの重要な指摘は既に「負の側面」が取り上げられているということである。そして、帝国の負の側面とは、そのまま帝国と併存している共和国としての負の側面でもあるはずである。この時点では、帝国のみが負の側面を負っているわけではない。

そして古代ローマを鋳型とする帝国概念はキリスト教の普及によって変容する。キリスト教は非政治性と普遍性を帝国概念にぶつけた。『神の国』を著したアウグスティヌスは非政治的で普遍的な理想を体現する神の国と対置する形でローマ帝国を批判的に捉えた。また、ローマ帝国分裂後は、西ローマ帝国の版図において、権威を象徴するローマ教会及び教皇と権力を象徴する皇帝ないし王の両剣論の形で併置された帝国概念が登場する。このような二項関係において、中世では、教権と帝権の対立関係が、インノケンティウス、バドヴァのマルシリウス、ダンテによって思想的に展開されることとなる。

近代以降

いずれにせよ帝国はキリスト教との関係性の中で語られる概念となる。

そうした古代ローマ及びキリスト教の文脈に置かれた帝国は、ルネサンス期において、「人文主義の展開と主権国家の登場、そして新大陸の発見という新たな文脈において語られる」(p.33)。人文主義の関係で言えばイタリアの都市共和国が帝国及びキリスト教に対する第三勢力として語られ、マキァヴェッリにおいては都市共和国の在り方に「古代ローマを範とした拡大型の共和国」(p.34)を重ねることになる。主権国家の登場は、「上位の権威を有さない」(p.34)国家の概念として帝国が語られる。また、新大陸の発見は、新大陸における支配権、とりわけインディアス問題を通じた征服戦争の正当性にまつわる論争に帝国概念が用いられる契機となる。

つまり、帝国を考える際に、絶対性と独立性そして拡大志向というキーワードの重要性が増すことになる。

このことは、近代政治原理が成立する初期近代においても同様である。近代政治原理が社会契約論に代表される理論により国家を形成が語られていたとしても、実際に存在する国家は「いわゆる『国民国家』とは異なり、内部に複数の民族や言語、宗教等を抱えた『複合的』compositeもしくは『多元的』multipleな国家であることが常態」(p.37)だったからである。

そのような中で成立した「ブリテン帝国」に関して、共和主義そして共和国の自由との調整の問題が語られるようになる。とりわけ「さらに大きな論争を惹起したのがアメリカの独立」(p.39)であり、「ジェファソンは、アメリカが『自由の帝国』となることを希求する」(p.40)と主張するまでに至る。

これは、ルネサンス期以降、「帝国」が「共和国」との対立と調整の思索の中で語られるという単純な問題にとどまらない。

このことが分かるのが一九世紀以降である。この頃は、帝国はデモクラシーやネイションとの関係の中で語られるようになり、国民国家の概念との調整を必要とするようになる。他方で、著者がトクヴィルを引きながら指摘するのは「『デモクラシー』や『ネイション』、あるいは『自由主義』や『文明の進歩』をめぐる一九世紀の政治思想は、実は『帝国』の言説と裏腹であった」(pp.41-42)ということである。

現代

すなわち、帝国や共和国についていかなる立場をとろうと、帝国概念は、近代の政治原理によって、絶対性と独立性そして拡大志向を覆い隠されながら、一種の八百長ないしはダブルスタンダードの中で語られるようになっていたという指摘である。

そして覆い隠された帝国概念が徐々に顕現し、世界はパックス・ブリタニカを代表とする「帝国の時代」となる。第一次世界大戦をはさみながら、共産主義思想から厳しい批判にさらされた帝国概念はそれでもなお強い影響を維持し、遂にはドイツ第三帝国に結実し第二次世界大戦を迎える。私はハンナ・アーレントの帝国論の分析に強く共感する。

ともあれ、2度の大戦を経て帝国は崩壊し、植民地が独立する中で、帝国に関する思想展開が急速にしぼむ。しぼんだだけではなく負の概念として扱われることが常識となる。現代的な帝国の在り方に関する思索が「アメリカを中心としたグローバル化の流れ」(p.45)の中で語られるようになり、概念の分析が活発に進められるようになるのは、戦後秩序が冷戦の終了等で動揺し、同時多発テロ事件が発生して以降である。

要約と所感のまとめ

このように歴史上、帝国は多くの別の概念との関係で語られる。そのため帝国概念もその変容に留意しなければ片手落ちの思索となる。一方で帝国概念は、政治思想史の通奏低音の1つであったともいえる。したがって、近代以降の政治原理から生じた様々な政治概念との対立とは別の、思想的な含みをもった概念なのである。この含みを著者は「『デモクラシー』や『国民国家』の視点からは見えてこない、古代から現代に至る人間の想像力の歴史」(p.46)と表現する。

第1章を通じて、この著書により、我々が帝国を知るのではなく、帝国の中を生き、帝国と対峙して生きた人々の視点を知るということが示された。それは、単なる概念分析よりも血の通った思想的な取組みであるように感じる。

第2章へ続く)


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