NHKから国民を守る党が選挙応援演説中にヤジを飛ばした男を私人逮捕する動画が話題だ。
私人逮捕とは何か?
私人逮捕というのは、警察官でも検察官でもない一般人が犯罪者(正確には「罪を犯したと疑われる者」)を逮捕することだ。
逮捕というのは、犯罪を捜査するために、疑わしい人間を短期間拘束することをいう。
逮捕は原則違法
ただ逮捕は原則として違法行為であるということを理解しなければならない。
刑法には逮捕及び監禁罪という罪が書かれている。
第二百二十条 不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。
要するに、人を逮捕(身体拘束)すると犯罪行為になるということだ。ちょっと想像すれば分かると思うが、身体拘束が違法にならないとすれば、気に入らない人間を拘束することがまかりとおってしまう。例えばストーカーが自分のことを避ける被害者を拘束しても犯罪ではなくなる。
人には人身の自由という最も大事な自由がある。自分がどこにいようと、どこに行こうと自由というのは最も基本的な自由だ。この自由を人から奪うことは原則として許されない犯罪行為として扱われる。
逮捕が許されるケース
しかしよくニュースで「警察がだれだれを逮捕した。」と耳にする。何故、警察はそのようなことが許されるのか?
逮捕が許されるのは、犯罪者を野放しにしておくと社会が維持できないからだ。だから社会を維持するという目的からある一定の場合には逮捕が許されなければならない。
じゃあ犯罪者であれば誰でも逮捕できるとなると不都合がある。というのも、罪を犯したかどうかを判断するのはとても難しいのだ。よくある誤解として、自分が気に入らない行為と犯罪行為の区別がつかないお方は一杯いる。また、証拠があるのかどうかという問題もある。とりあえず疑わしい関係者を全員逮捕とかされれば迷惑だろう。
だから、逮捕が例外的に許されるには「罪を犯したと疑われる状況(被疑事実)」がなければならない。
また、身柄を拘束しなくても捜査ができるのであれば、逮捕の必要がない。逮捕は犯罪を捜査するための手段だからだ。逮捕には必要性も必要なのである。
この被疑事実と必要性を判断するのが困難なので、逮捕は公正公平な(という建前の)法律の専門家である裁判官が判断することになる。
裁判官がこれらの逮捕の条件を満たしていると考えれば逮捕令状(逮捕を命令する書類。逮捕状ともいう。)を作成し、警察などは逮捕令状に基づいて疑わしい者を逮捕する。
私人逮捕
逮捕状を裁判官に書いてもらえる人は限られている。
第百九十九条第2項 裁判官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。以下本条において同じ。)の請求により、前項の逮捕状を発する。但し、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない。
要は検察官か警部以上の階級の警察官のみが逮捕状を裁判官に書いてもらえる。
しかし逮捕状がなくても合法的に逮捕できる場合がある。その代表例が現行犯逮捕である。実はこれは憲法に書かれている。
第三十三条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
現行犯とは刑事訴訟法上は現行犯人と呼ばれる。これは今まさに罪を犯した者などを指す。例えば目の前で人を刺したとか(傷害など)、物を盗んだとか(窃盗罪)、民家に侵入したとか(住居侵入罪)。
第二百十二条 現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者を現行犯人とする。2 左の各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。一 犯人として追呼されているとき。二 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。三 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。四 誰何されて逃走しようとするとき。
血ぬれの包丁を持った人間が、「まて~!」などと追いかけながら逃走していれば、現行犯人とみなしてもよい(212条2項)。
現行犯逮捕であれば警察官や検察官は逮捕令状がいらないのである。よく使われるのは、警察官からの職務質問中に警察官に抵抗した人を公務執行妨害罪で現行犯逮捕するケースや、交通事故で人を死傷させた運転手を自動車運転過失致死傷罪などで現行犯逮捕するケースだ。
しかも現行犯逮捕は誰でもできる
現行犯人であれば誰でも逮捕することができる。要するに警察官でも検察官でもない一般人でも(NHKから国民を守る党の党員でも)逮捕することができる。
第二百十三条 現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。
「何人でも」は「なにじんでも」ではなく「なんぴとでも」と読む。「誰でも」という意味である。
私人逮捕とは、一般人が行う現行犯人逮捕のことだと考えて良い。
じゃあどんどん逮捕できるのか?
逮捕できるからといって、逮捕のために何でもできるわけではない。なるべく穏当な方法で身柄を拘束しなければならない。例えば逃げようともしていない人間をぶんなぐったり、麻酔銃を使ったりすることは逮捕にかこつけた違法行為である。
それに後から現行犯人ではありませんでしたということになると誤認逮捕(誤った逮捕)とされ、逮捕した側の責任が追及されることになる。
生半可な覚悟で逮捕するのは避けた方が良いだろう。
現行犯逮捕したらどうすればよいのか?
第二百十四条 検察官、検察事務官及び司法警察職員以外の者は、現行犯人を逮捕したときは、直ちにこれを地方検察庁若しくは区検察庁の検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない。第二百十五条 司法巡査は、現行犯人を受け取つたときは、速やかにこれを司法警察員に引致しなければならない。2 司法巡査は、犯人を受け取つた場合には、逮捕者の氏名、住居及び逮捕の事由を聴き取らなければならない。必要があるときは、逮捕者に対しともに官公署に行くことを求めることができる。
私人逮捕したら、逮捕した一般人は直ちに110番なり警察署に連れて行くなどしなければならない。家で一休みとか、自分で尋問したりはしてはいけない。時間的な間をおかずに警察などを呼ぶ必要があるのである。その際、警察官からは「どうして逮捕したのか?」などとを尋問されるので答えなければならない。
N国党の逮捕は?
N国党の主張は動画を見る限りヤジが選挙妨害罪にあたるということらしい。
第二百二十五条 選挙に関し、次の各号に掲げる行為をした者は、四年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。一 選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者又は当選人に対し暴行若しくは威力を加え又はこれをかどわかしたとき。二 交通若しくは集会の便を妨げ、演説を妨害し、又は文書図画を毀棄し、その他偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したとき。三 選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者若しくは当選人又はその関係のある社寺、学校、会社、組合、市町村等に対する用水、小作、債権、寄附その他特殊の利害関係を利用して選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者又は当選人を威迫したとき。
「嘘つき」ヤジが選挙妨害に当たるかどうかは正直疑問だ。あの程度のヤジなら別に気にせず演説していれば良い。N国党の逮捕が正当だとは私は思っていない。(他方で安倍首相に対する「安倍辞めろ」とか「安倍帰れ」の大合唱は、安倍首相の演説を聞きに来た人が演説を聴けなくなる可能性があり、今回の事例よりも違法になると言いやすいと思う。)ただ私が思っていないだけなので裁判所は有罪にするかもしれない。
何より注目したのは、逮捕までの道筋である。N国党は大勢で取り囲んでいるが誰も手は出していない。言動はまあ、激しいところもあるが、警察官の現行犯逮捕の際もあの程度は怒鳴りまくっているので、日本の司法では合法であろう。こうして考えるとN国党は私人逮捕になれているなと思った。
もっとも、その後捕まえられたオッサンがどうなったのか。少し気にはなる。