【ネタバレあり】きづきあきら・サトウナンキ『さよならハルメギド』の感想・考察


土曜日に一気読みして暗い気持ちになった作品。きづきあきら先生・サトウナンキ先生の『さよならハルメギド』(全3巻)である。

大人の都合で不安な境遇におかれている子どもたちが、互いに友情や淡い恋愛を育んでいくものの、子どもの一人が死んで、生き残った主人公(子ども)がクライマックスでその心境を語る。

こういう物語の形式を、桜庭一樹先生の不朽の名作『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』から「砂糖菓子文学」と私は勝手に呼んでいる。

 

お父さんの勘違い

3巻で大暴走した「お父さん」克也は、DV夫でモラハラ気味で子どものことも場合によっては殴ってしまう弱い人間だ。しかし、それでも家族のことが好きな存在として描かれている。

それなのにお母さんはお父さんに「家族のフリにつきあってくれてありがとう」なんて言葉を浴びせてしまう。そう言ってしまうのも無理はない。性格の悪い男なのは間違いないから。

ただ、お父さんの絶望はここから始まるわけで、「自分は家族のフリなんてしていない」ということを証明するために暴走を重ねる。この点がお父さんの致命的な勘違いなのだ。「本当の家族」かどうかは当事者たちの共通認識が必要なのだ。「私もあなたもお互いを家族だと思っていますよね。」と認識がそろわないと、何をしようが家族ではない。むしろ、証明しようとすればするほど嘘っぽくなってしまう。お父さんの暴走は、はたから見るとから回っているようにしか見えない。

このことにお父さんが気が付くのは終盤だ。「俺はただ ずうっと お前のとうさんでいたかっただけなんだ」という本音を吐き、自分が殺そうとした将太に抱きしめられたときだろう。将太の抱擁は「俺もそう思っているよ。」という意思表示だ。しかし、もはや時すでに遅し。「いたかった」という過去形の語句が示す通り、子どもを殺そうした事実が今度はお父さんの側に「もう将太を家族としてはならない。」という気持ちを起こさせ、父と子は(おそらく)永遠に断絶する。

 

こういう父親は現実にもよくいる。家族大好き。でも好きだからって家族を幸せにしているわけではない。高圧的だったり、我がままだったり、時には暴力さえ振るう。だから、家族だと思っている人からは家族だと思われていない。「好き」は本来一方的なものだから、自分が好きだからといって、相手から好かれているわけではない。こんな単純なことを忘れてしまう父親がいるのだ。(もちろん母親にも、子どもにもいる。)

この傾向が親子関係でみられると、すぐに虐待、それも身体的・性的な虐待に結び付く。仮に親が嫌いなことでも、親がいなければ生きていけないから、親の言うことに従ったり、抵抗しなかったりする。そういう必要性から出てきた従属性を、嫌われている親は勘違いして「自分のことが好きなんだ。」と思ってしまう

この単純明快な事実を忘れてしまったがために、「自分が好かれていないのはおかしい。」「俺のこと好きだから許されるだろ。」という全く不合理な主張を生み出され、不合理な行動をとり、不合理さに気が付いたときには混乱の挙げ句、暴力に至るケースもあるのだと思う。

 

誰にとっても不幸なことだ。一番不幸なのは被害にあった家族だが、加害者である父親にもどこかで何かを修正する機会があったならと思わざるを得ない。作品の中のお父さんの「やり直す どこから? どこから? どこから…!?」という悲痛な叫びは、やり直しがきくうちに全ての父親が肝に刻むべき言葉だろう。

 

高校生の将太が会ったのは、白田か? ななこか?

物語の最大の謎である。結論からいうと私はあれは「ななこ」だと思っている。

似ているようで全然違う2人

白田かななこちゃんか分からなくなる最大の原因は両者が置かれている状況が似ているように見えるからである。

白田もななこちゃんも自分のことを「いらない子」と表現する。そして早く1999年になって滅亡してしまわないかと厭世的に考える。そして、両者とも将太のことが好きなのである。

しかし、似ているように見えて、実は大きく違う点がある。それは本当に「いらない子」なのかどうかである。

ななこちゃんにとって、「いらない子」というのはかなりのリアリティがある表現である。まず、母親がななこちゃんに実際にそう言う。母親は何らかの事情で別れて暮らしている「お兄ちゃん」の方を偏愛していて、作中でもななこにかなりそっけない態度をとる。無関心、どちらかというと嫌いという感じだ。ななこちゃんは、そんな状況でも必要とされたいため、お兄ちゃんの真似をして母親の気を引こうとする。そうすることによって、ななこちゃんは「ななこちゃん」という人格をますます必要のない人格として扱うことになり、心の内でも外でも「ななこちゃん」は「いらない子」というポジションに実際に置かれている

他方、白田の「いらない子」というのは、リアリティが希薄だ。白田が心の中で「自分はいらない子」だと思っているのは本心だろう。しかし、白田の心を離れて見れば、白田は別に「いらない子」ではないのである。まず、白田は「一番ママに言われてうれしかった」言葉として「この間のテスト92点だったの~。すごいわ」という言葉を挙げる。そして、ピアノ等の習い事もさせる。白田にとってはともかく、この親は教育ママなのである。白田は親の期待に沿っていなければ自分はいらない子だという自覚を持つに至っている。そういう期待が白田にとっては重い。また白田の父母が仲が悪く家庭が機能不全になっていると思われる描写は多い。だが、だからといって白田がいらない子になっているわけではない。白田は母親にとっては「いる子」なのである。白田が勘違いしているのは、白田は母親に必要とされているということだ。白田自身が家族という「居場所」を捨てたいと思っているだけなのだ。ただ、たしかに母親が白田をななこちゃんや将太に会わせようとしないことから伺えるように、その母親が白田の居場所を奪おうとしているように見え、結果的に母子関係は危機にさらされている。

白田とななこちゃんのこの決定的な違いは、白田の家出の最後のシーンで分かる。雨の中、交番で親を待つ3人の子どもに、白田と将太の母親は泣きながら駆け寄り抱きしめる。他方で、ななこちゃんの母親は、突っ立っているだけだ。しかも両者ともに傘をさしていない。ななこちゃんの母親の表情は見えない。

ちなみにこのシーン、白田とななこちゃんは2人とも似たように暗い顔をしている。しかし、白田の場合は母親への憎しみがそうさせるのに対し、ななこちゃんは母親からまたいらないと思われるという恐怖なのである。

白田とななこちゃんと将太の盟約

白田・将太・ななこちゃんの三角関係は、白田の家出を機に、いったん安定的な関係になる。これは居場所がないと嘆く白田に対しななこちゃんが「居場所あるよ 俺達白田さん好きだよ」と告げるシーンだ。3人が3人の居場所であること、そして3人が3人を必要としていることの確認だ。いや、確認にとどまらず盟約といっても良いだろう

白田の裏切り

最初にこの盟約を破ったのは白田だ。ななこちゃんは可能であれば将太を独り占めしたい。だから花火大会で将太が「白田も誘わないか」と言うと複雑な顔をする。しかし、盟約があるから「うん そのほうが楽しいよな」と受け入れて見せる度量がある。しかし、白田の方は誘いの電話をかけた将太に「もう遊びたくない」と言ってしまう。これは親に言わされた言葉ではあるが、かなり強烈な裏切りである。

この一件は、白田の謝罪と将太によるとりなしで一件落着する。「誰かとなくよくなれば居場所だってできる 人と人とがなかよくなれば 世界は終わらないって気がしてくるんだ」というセリフは希望のセリフだ。将太は自分自身が放ったこのセリフで、母親の新しい恋人優馬くんとの関係構築に動くことになる。

将太の世界は広がりを見せつつある一方で、白田は世界を閉じようとしている。その犠牲者がななこちゃんだ。将太の部屋のドアを叩くななこちゃんを白田は「呼ばないで!」「三人より二人だけがいい。もっと・・・私とだけ仲良くして・・・」とななこちゃんを締め出しにかかるのである。このシーンで私は一気に白田が嫌いになった。なんというガキだろうと

ななこちゃんの告白と誤解

将太にとっては巻き込まれ事故だが、三人の関係は微妙なものになってしまう。しかし、将太とななこちゃんの2者間ではやはり盟約は続くのだ。将太の遊びの誘いをさらっと断るななこちゃんも、なんだかんだ言って将太のお父さんが将太とお母さんを襲撃した時は、いつの間にか将太を探しに危険を顧みず外に飛び出している。そして、お父さんにつかまったななこちゃんの身に危険が及ぶや、将太もなんだかんだありながら隠れていた茂みからお父さんの前に姿を現すという危険を冒している。

 

2人の盟約は次のシーンでクライマックスを迎える。それは辛くも逃げ出した2人が草原で迎えるシーンだ。将太をななこちゃんは抱きしめながら、

「将太が無事なら あとはどうでもいい。将太はオレが守ってやるから・・・!」と力強く告げ、

これに将太は、泣きながら抱き返して、「・・・ありがとう・・・」と返す。

このシーンは私が本作品で泣いたシーンだ。ななこちゃんにとって最大の転換点なのだ。ななこちゃんは今まで母親に必要とされたがっていた。将太にも必要とされたがっていた。白田も受け入れようとしていた。でも、どうにも居場所がない中で、「世界が滅んじゃえば楽なのになぁ」と思っていた。しかし、このシーンで勇気を振り絞って発した言葉が「将太が無事ならあとはどうでもいい。」だ。これは「将太が無事なら世界が滅んだっていいんだ」という強烈なメッセージだ。「みんな死んじゃえば楽だよね。」という厭世から、「2人で一緒に生きていこう。」という願望へ。「滅んだっていい世界の中で唯一の例外。それが将太なんだ。」そういう告白なのだ。そして悲壮な告白でもある。なぜなら、ななこちゃんの家族の世界は自分のお母さんによって壊され、また将太との世界もななこちゃんによって壊されつつあったからだ。

同じく父親に襲われ、母親の安否も不明という中で、将太の世界もぶち壊されつつある。将太の「・・・ありがとう・・・」は、心からの将太の安心を表現しているのだ。

お互いがお互いを必要としていることが確認できたななこちゃんはこれ以上ない笑顔だ。しかし、その笑顔はすぐに裏切られる。

将太はななこちゃんだけを必要としているわけではない。将太の目線はおおむね世界を広げようという方向に向かっている。これが決定的にななこちゃんと違う。

白田の降臨と将太の裏切り

そのため、将太はたまたま近づいた白田の家に助けを求めようとする。ななこちゃんは驚愕する。今さっき2人の世界にしようって約束したじゃないか、と思うのも仕方がない。悲劇的なまでにななこちゃんと将太の認識に齟齬がある。しかし、将太のことが大事だからはっきりとは告げない。そして、白田の親から拒絶されたのに安堵する。「ずっと二人でいようか 子供が欲しい家を探すんだ やさしいおじいさんとおばあさんの家とか」とななこちゃんにとっての明るい未来を語る。これは将来の夢をあんまり考えたことがないというななこちゃんにとっては特別な独白だろう。

そこに躍り出てきたのが白田である。白田が塀を乗り越えてきたのは意味がある。白田が塀を降りるシーンはななこちゃんにとって「空から恐怖の大魔王が来る」という大予言の成就そのものだからだ。

しかも恐ろしいことに将太も白田と一緒に行こうとする。これはとんでもない裏切り行為なのだ。2人だけの世界を見捨てる行為だ。

ななこちゃんの裏切りと希望

そしてななこちゃんは自分の望みがついに果たされない様子を見て、当初の願いの実現に動く。

「もう世界なんて滅んじゃったほうが楽」

その言葉通り、ななこちゃんは、将太のお父さんに将太とななこちゃんの居場所を告げ、将太をお父さんに引き渡す。これはななこちゃん自身の「恐怖の大魔王」化である。

辛くも再びお父さんの下から逃れた将太であったが、ななこちゃんがなぜ自分を裏切ったのかはさっぱりわかっていない。しかし、将太にはわからなくても、読者にはわかっているし、ななこちゃんも次のように考えている。「因果応報。自業自得。」最初に裏切った白田は将太とななこちゃんの盟約によって3人のグループから追放され、将太とななこちゃんは互いに裏切りあった。

しかし2人の世界が来るというわけではない。現実問題として、たった一晩であちこちに恐怖の大魔王が現れすぎた。あらゆる世界がそれぞれに強烈なダメージを受けた。そして、将太はお母さんと優馬の世界を作るために去っていく。

ななこちゃんがその時に一番欲していたのは「希望」だろう。この世界が滅んでも、また将太と2人の世界が生まれる。もし滅ぶとしても「見ようよ二人で 世界が終わる所」と最後まで2人でいたいという希望の言葉を吐く。いじらしいよね! 将太はななこちゃんの笑顔に心奪われるが、答えることができない。ななこちゃんの「待ってるからな!」という言葉が残るのみである。

あの女子高生はどちら?

この約束はななこちゃんにとって超重要な約束だ。再び将太と会うことのみが希望だからだ。これがあるから、私は最後に現れた女子高生はななこちゃんだと信じたい。他にも根拠はある。

まず第一の理由、あの女子高生が白田だとすると不自然な点がある。女子高生は「お前のあの日の・・・あの夜以上に不幸な事なんてあるか?」と将太にいう。あの夜の不幸を直接知っているのはななこちゃんと将太だけだ。将太は白田に語る間もなく引っ越している。そして、白田に裏切られたななこちゃんが、白田に色々と語るとは思えない。だから、女子高生は白田ではない可能性が高い。

第二の理由も、同じく白田だと仮定した場合の不自然さだ。将太が女子高生と会った場所は白田の家の前だ。つまり女子高生は家に帰ろうとしていたように見える。一方で、廃校の中で女子高生は「ちょっと母親とケンカしててさ もう少しいるわ」と廃校にとどまろうとする。白田だとすると家に帰りたくないほどケンカしていた母親の家に戻ろうとする最中だったわけで不自然に感じる。

次にしゃべり方。ななこちゃんはお兄さんを真似たしゃべり方をしており、お兄さんが戻ってきたときも、しゃべり方はぶっきらぼうで男言葉のままだった。女子高生も喋り方はぶっきらぼうだ。

次に、ななこちゃんが白田を演じる理由はあっても、白田がななこちゃんを演じる理由はないことだ。白田は白田のままで将太から拒絶されたことは一度もない。将太に何度となく捨てられたのはななこちゃんの側だ。特にあの夜の捨てられ方は最悪の捨てられ方と言っていい。ななこちゃんにとっては、白田のような女の子でいることが、将太に選ばれる必要条件だとすると、白田のような容姿に変わっていっても不思議ではないのだ。もともとななこちゃんは自分自身がどうありたいかという希望が希薄だ。だから、お兄ちゃんのようにもなるし、白田のようになってもおかしくはない。

ななこちゃんだとすると説明しなければならない点も何点かある。例えば最後の通話で「両親もいる」「家もあって」というセリフ。これは白田に当てはまる要素だが、ななこちゃんが実の母親から壊されたとすれば、どこかで養子縁組なり、父親の元にいったり、母親が再婚したりと説明が考えられなくはない。そもそも白田の家族は白田自身も認めるとおり「幸せな家族」ではない。

そして、もう一つの説明しなければならないポイントは、女子高生が自殺した理由だ。白田が自殺するには動機が不明すぎる。もちろん小学生から高校生に成長するにあたり、色々あったとも考えられるが、色々あったことが物語の中で語られているわけではない。他方、ななこちゃんには十分な動機がある。2人で世界の終わりを見ようといった男の子は、ついに自分には会いに行かず、白田の家に行っており、自分がななこであることに気が付かず、最後まで「俺にとってはずっと仲間だよ。白田も。ななこちゃんも。」と2人の世界を拒絶してしまう。

多分、ななこちゃんは将太と一緒に死んでほしかったんだと思う。

「幸せだよ」という将太の言葉で、ななこちゃんの希望は何もかも叶わないことを理解する。

それは絶望だろう。白田がそういう死に方をする理由はないのだ。白田なら将太と再会したのをいいことに、また何となく関係性を作っていくだろう。

子どもにとっての安心

ここなら大丈夫という安心感が家庭から失われているとき、それでも家庭から逃げることは容易ではないから、家庭は一気に牢獄と化す。

そんな背景を持ちながらも、子どもたちが互いに何かを作り、壊されていく。それも無邪気に。そういう悲劇性がこの作品からにじみ出るのだ。そういう悲劇性をこれ以上なく表現したこの作品は名作と言わざるを得ないのだ。


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