弁護士と一太郎とWord


この前、若手弁護士に「はぁ?」という顔をされたことがある。「一太郎」の話である。

一太郎とは

一太郎とは日本企業が開発した文書作成ソフトである。非常に「政治的な」言い方をすれば、――これが何故「政治的」かは後にわかる――国産のWordである。
昭和の世に生まれ、平成の世で働き始めた社会人にとって、一太郎はよく知られた存在である。特に事務仕事にパソコンが不可欠となってからは、相棒のような存在とさえいえるだろう。
Wordにせよ一太郎にせよワードプロセッサー(通称ワープロ )にせよ、パソコンで文字を打ち文書を作成するためのソフトは、日本社会に欠かすことができない。

法律家と文書

それは法律家達にとっても同じだ。法律事務で文書作成ソフトは欠かすことができない。

弁護士の業務の中でも、法的文書の作成は最重要業務といってもよい。裁判は理想はどうあれ文書主義が徹底されている。裁判外業務でも、契約書、内容証明郵便など、様々な文書を作成をする。

弁護士会の任務でも企画書、報告書、案内文、マニュアルなどこれまた多くの文書を作成する。

おそらく弁護士以外の法律家でも状況は似たりよったりだろう。

弁護士と文書作成ソフト

弁護士は文書作成の機会が多いということは次の2つの事実を意味する。
  •  文書作成ソフトへの愛着が湧きやすいということ
  •  弁護士間で文書をやり取りする機会も多いということ
慣れ親しんだ道具に愛着が湧くのはよくある。料理人にとっての包丁のようなものだ。
私は昔からWordを使っているから、Word以外の文書作成ソフトにピンとこない。同じように一太郎を使い続けた人はWordにピンとこないだろう。
もうどのタブで何ができるかとか、文書の体裁をどう整えればよいかなど、身体が覚えているのだ。多少の手間がかかったりすることもありうるが、それよりも慣れたソフトを使うほうが心身ともに効率的だ。
弁護士でも一太郎に慣れ親しんだ者とWordに慣れ親しんだ者がそれぞれ特有の愛着を持って業務を行っている。
そこまでなら良かったのだが、事態が悪化するのは弁護士会で文書をやりとりするときである。
裁判等では(他の業界では驚かれるが、)文書のやりとりはFAXと郵送が多い。紙ベースなので、文書作成ソフトが何かは別段気にされない。
他方、弁護士会での文書のやり取りは、一斉送信の都合上、電子メールが多い。そのため、文書作成ソフトで作られた文書データファイルがやり取りされることになる。

例えば、弁護士会として外部に出す案内文は担当する複数の弁護士がチェックすることが多い。一人の担当者が文書を作成したら、修正の指摘を受けながら、複数の弁護士の手によってその文書がアップデートされる。

文書作成ソフトをめぐる内紛

ここで問題が生じる。
一太郎で作成した文書データは一太郎で、Wordで作成した文書はWordで編集するのが原則だ。そもそも開くことができないので見ることさえできない場合もある。
Word派の私は、一太郎ファイルを送られたときは、文書を読むことはできる。一太郎ビューワーという閲覧のためのソフトを入れているからだ。

しかし、見ることができるだけで、コメントなどを書き込むことができない。

その結果、「この文章はこう直したほうがよくない?」とメール本文に打ち込むか、一太郎ファイルを印刷した紙そのものにコメントを手書きして、その文書をスキャンしてPDFデータにした上で、メールに流すというクソめんどくさい手続をとっている。

同じくWordデータを送られた一太郎派は内心舌打ちしながら弁護士会務を行っているのかもしれない。
ここで「じゃあこれからはみんなWordで」とならないのが、弁護士会である。愛着が邪魔をするのである。
普段「愛国心なんて気持ち悪い」なんて言ってる弁護士が、平然と「国産ソフトである一太郎を使わない弁護士は非国民である」と言ってのけ、「個の尊重」を唱える弁護士が鬼のように「なぜWordを使わないのか!?」などと追及する。思想信条も文書作成ソフトの前にはチリ紙同様である。

仁義なき戦い

一太郎派の有力根拠は伝統である。結局は「昔から使ってるんだから、合わせるのが常識だろ」と。まさに慣習法の世界である。その他インデントがきれいとか変換が上手いとかもあるが、あまり有力ではない。そんなことはWordでも足りる。
Word派の有力根拠は普遍性である。一太郎よりもWordのほうが普及してるのだ。一太郎を持っていないWord派はたくさんいるが、Wordを持っていない一太郎派はそんなにいない。
言い換えると、Word派は一太郎ファイルを編集できないが、一太郎派はワードファイルを編集できる。
その理由は一太郎派が使用しているパソコンOSにある。そうWindowsである。
もはや説明不要とも思われるが、WordはWindowsを世に出しているMicrosoft社が販売している事務作業用ソフトシリーズ“Microsoft Office”の1つである。Excel、PowerPointも同様だ。
表計算やプレゼンを行う際はWord派、一太郎派双方ともExcel、PowerPointを使う。他に有力なソフトがないからだ。
そして、パソコンを買う際にMicrosoft Officeシリーズをまとめ買いすることが多いため、一太郎派は一太郎とあわせてWordを購入しているのである。Macでも状況は変わらないだろう。
少なくとも弁護士界隈はWordのほうが一太郎より普及しているはずだ。
実際、一太郎ファイルをメーリングリストに投稿して「開けなくて困る」という声はあっても、Wordファイルを投稿して「開けなくて困る」という声は聞いたことがない。
もはや一太郎派に残されたのは愛着のみである。それは趣味の領域であって、業務の領域において重視されるものではない。

Word派の必然的勝利

ベテラン弁護士が一太郎を使い続ける限り、一太郎派は今後も一定の無視できない勢力を示すであろう。
しかし、若手弁護士は圧倒的にWord派であると信じている。今後、Word派は拡大し続ける。
平然と一太郎で文書を流す弁護士に「一太郎ファイルだと編集できないだろ」と公然と悪態が飛ぶ日が来る。一太郎派はその圧倒的に不利な状況を覆すことができず、Word派に転向していくだろう。
Word派の勝利は歴史的必然だ。一太郎派であろうと、人に出す文書はWordファイルで出すのが常識だとわかってほしい。

全てのWord派は自己の見解を秘密にすることを軽蔑する。万国のWordユーザーよ団結せよ!

現実の足音

とかなんとか言ってるうちに、おそらく明るい未来がやってくるだろう。
それは一太郎とWordの融合なのか、あるいは互換性の装備なのか、それともさらに強力な文書作成ソフトによる席巻なのか……。
文書作成ソフトはさらなる発展を遂げるはずである。その頃までに弁護士という仕事がなくなっていなければよいが。
ちなみに冒頭の若手は人と文書を共有するときはGoogle Documentだそうだ。やれやれ。

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