読書メモ:森まゆみ『暗い時代の人々』 どうしてこの題名にしたのか?


森まゆみさんの『暗い時代の人々』の感想。

 

『暗い時代の人々』という題名の本はもう1冊ある。ハンナ・アーレントの評伝集だ。アーレントの『暗い時代の人々』は第二次世界大戦前後の全体主義の世紀である「暗い時代」に星のように輝いた人について書いている。

 

森まゆみさんの『暗い時代の人々』を読んでの感想だが、どうしてこの題名にしてしまったかなぁ……というものだ。

森さんがハンナ・アーレントをリスペクトしていることは分かる。ただ、それで同じ題名の本を書いてしまうのは、どうも見ていて恥ずかしい。

二次創作の作り手が、原作と同じ題名の同人誌を出しているのを見たような感覚。森まゆみさん自身の知名度もあって、出版された6,7年前は、この本もよくメディアで取り上げられていたので、何とも言えない感じを受けたものだ。アーレントの『暗い時代の人々』を読んだ人であれば、同じような感想を抱く人もいるだろうと思う。

他方で、アーレントの『暗い時代の人々』を読んだことがなければ、この題名では意図がそもそも伝わりにくい。まあ、そんな書籍は山ほどあるわけだが、だからと言って意図が伝わりにくくてもOKというわけではない。

アーレントを知っている人は不満を抱き、アーレントを知らない人には意図が伝わらないとなると、タイトルのつけ方自体が「滑った」というしかないのではないか。

 

内容は別に悪くない。斎藤隆夫からはじまり、戦前から戦後にかけて日本の暗い時代の何かに抗った人々を選び出すセンス、評伝の読みやすさは、森まゆみの文章家としての才能のすばらしさを感じさせるものだ。歴史叙述に必要となる取材の確かさはそつがない上、自身の個人的な人間関係等も交えながら、ある種の身近な歴史を描いたことで、暗い時代がまさに「身近」にあるように感じさせてくれるのは「技術」あってのものだろう。

 

他方で、アーレントにあって、森に足りなかったのは、森自身だったようにも思う。

評伝は、対象となる人物に対する評価と伝記が合わさったものであろう。伝記はいわゆる歴史的事実の羅列でも良い。(もちろんどの歴史的事実をどのように描くかという点で、客観性は良くも悪くも損なわれるが。)他方、評価は評価者の自己表現でもあるはずだ。

アーレントの『暗い時代の人々』には、アーレントの自己表現が極めて強く表れている。評伝の対象となる人物を通してアーレントの思想を感じられる。例えば、詩人のブレヒトの評伝を挙げてみよう。三文オペラ等の名作を残した優れた詩人が、共産主義を通じて全体主義に与していく過程において、詩人として罰せられていったという評価は、これ自体がアーレントの深く独創的な思想を背景にした評価である。この評伝を読めば、人々はブレヒトが何者であったかをまるで優れた脚本家が書いたドラマを見るかのように鑑賞できる。

森の『暗い時代の人々』では、森の思想が見えにくい。どうも伝記のほうに重きを置かれていて、森が自身の考えや思索を表に出すことを抑制していたのではないかとされ思う。しかし、それでは評伝にはならないと私は思う。

 

繰り返しになるが、森まゆみさんの人物選定、文章力について何か文句をつけたいわけではない。ただ、『暗い時代の人々』と銘打つにしては、残念ながら名前負けしてしまっている感が否めないのである。


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