読書メモ 『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』


1 最強のレスバ

小野寺拓也・田野大輔の『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』を読んだ。

非常に野暮ったい表現になってしまうが「こんな華麗で一方的なレスバを初めて観た」というのが総じての感想になる。

 

2 本書の構成

俗に「ナチスは大量虐殺もしたんだけど、民主的で選ばれていて、アウトバーンの建設で失業者を減らしもして、少子化対策もして、他にも色々良いこともしたんだよね。」という主張は主にネットで散見される戯言である。

もっとも、恥ずかしながら私もナチスが民主的に選ばれていたと思っていたし、失業者を減らして支持を集めたと思っていた時期があった。

本書は、世間でナチスがやった「良いこと」として挙げられている政策等をピックアップして、

①その良いことはナチス・オリジナルといえないのではないか、

②その良いことは良い目的で行われたとはいえないのではないか、

③結局、良い結果も生まなかったのではないか、

という3点から、簡潔かつ協力に反論しているのである。読みながら頷きを禁じ得なかった本は久々である。

 

ほとんどのナチスの「良いこと」とされる行動について、次のように言えると本書は指摘する。

まず、ナチスが最初に始めたことではない。あるいは積極的に始めたものでもない。裏を返せば、ナチスだからできた、ナチスがやってくれなきゃ誰もやらなかったという政策ではない。つまりは、ナチスが良いことをしたという評価には結びつかない。ナチスはただ、人のふんどしで相撲を取ったのである。もし最初に始めた人が良く評価されるべきならば、評価されるべきはドイツ以外の国であったり、ドイツに政権を奪われたドイツ社会民主党だったりする。これが第一の反論である。

次に、ナチスが良いことをしようと見えたとしても、その目的は全く良いことではない。例えば戦争目的、虐殺目的、侵略の意図を隠すための目的といった、国民の生活を良くするとか、国を一般的な意味で良くするという視点はないことを明らかにしている。カントを引き合いに出すまでもなく、またレーニンの名言(だったと思う)「地獄への道は善意で舗装されている」を引き合いに出すまでもなく、不当な目的で始めたことは、最終的には不当な結果を招来する可能性は高いわけであって、やはり良いことをしたとは言い難い。これが第二の反論である。

そして、最終的に客観的に良い結果も生まなかったということを暴き立てる。ナチスがうまかったのは、小さい成果をことさら大きく見せることだった。その意味では良いことをしたという評価はあてはまらないだろう。

 

3 それでも言うか

この第1~第3の反論を踏まえて、筆者らが訴えるのは、「そうまでして『ナチスも良いことをした』と言わなくてもいいじゃないですか。ナチスがやった悪いことに目を向けましょうよ。」という点だと私は捉えた。

ナチスが行った悪いことの最たるものがホロコーストだが、これはかなりの点でナチス・オリジナルであり、悪い目的で行われており、史上最悪の悪い結果をもたらしている。まごうことなく「悪いこと」である。しかし、良いことをしたという誤解に満ちた評価が広まって、「絶対に悪いこと」という評価を曇らせるのであれば、「良いことをした」と喧伝すること自体が「悪いこと」だと私は思う。

一番の問題は「こうまで誤っている、あるいは的外れだと指摘されているのに、それでも『良いことをした』と言うか。」という擁護者の態度である。そこまでしてナチスがやったことを肯定的に評価できる面を探して評価することに、一体何の価値があるのか。そう厳しく指摘しているのが本書であるように思う。

 

4 筆者のレスバは続く

明快なナチス批判、ナチス擁護者批判が展開されている本書だが、残念ながら、インターネット上では主張内容を曲解、あるいは切り取って、的はずれな反論にさらされている。そして著者の田野大輔氏はそれに対して次のように本書の中で語っている。

先ほど述べたように、「歴史知識」を伝えるだけでは なく、社会の「歴史意識」にまで踏み込んで語りかける必要があるのだろう。その際に専門家がどのような語り口をとるべきなのか、筆者にも明確な答えがあるわけではない。だが本書は、ナチスをめぐる事実関係や研究史の積み重ねだけでなく、それを受け止める「現在」という 磁場を十分に意識して執筆したつもりである。

本書pp.146-147

そして、今でもTwitter上でアンチどもとレスバを繰り広げている様は、有言実行の鑑として、頭が下がる思いである。

 

ちなみに、本書はお盆に読みたくてあちこちの書店を探し回ったがどこも売り切れだった。やむなく電子版を購入したのだが、かかる本が馬鹿売れというのは、この本の知見がどんな立場の人であれ広まっているということで、とても好意的な状況なのではないかと思う。


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